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  • NYから来た友人を近所の飲食店に連れて行った話

    NYから来た友人を近所の飲食店に連れて行った話

    松田:どこがええかちょっと迷ってさ、これがまあ難しくて。

    KEN:てかこの商店街ええ感じやな、ユニバみたい。

    @suginami_koho / X

    松田:ああ…まあわりといつでもこのくらいの感じやな。土日やとみんなもっとワクワクしてるで。

    KEN:そうなんや、今でも結構活気あるなと思った。確かにいい街やね。

    松田:たださ、いい街にあるいいお店だとして、ピンで戦える強度があるかというとまた別の話やん

    KEN:ああ、まあそれをめがけて来るほどの何かがあるかというとね。

    松田:そう。そのエクスペリエンスだけを切り出して他と比べたときに、十分に堪えるだけのものがあるかというとさ。あくまでエコシステムの中で、一つの選択肢として存在して初めて輝くみたいなのもあるしね。

    KEN:まあそうか、そっかそっか。

    松田:ただ今から行く豚骨ラーメンは、ラーメンが好きな人にとっても有名な店やと思う。そういう強度はある。

    KEN:あれは…つけ麺なん?

    松田:いや、あれはまず普通のどんぶりに麺とスープだけが入ってて、 それとセットで上にのせる野菜が別であるねん。

    KEN:はいはい。別皿でくる感じか。

    松田:その野菜は8種類くらいあるんかな。エスニックな感じのとか、にんにく強めのやつとか、プレーンとか。その組み合わせを選んでお楽しみくださいみたいな感じかな。

    KEN:はーん。

    @isshoutonkotsu / X

    松田:ただどのフレーバーの野菜もかなりしっかりした味やから、豚骨を第一義にいくならプレーンのがええな。自分はほぼプレーンしか選ばへん。

    KEN:なるほどな。

    松田:なんせ麺とスープ、これがめちゃめちゃ美味しいねん。今までに食べた豚骨をメインの素材にしているスープの中で、一番美味しいと思う。

    KEN:ふーん、気になるな。

    松田:魚介とかで旨みを足すことはしてなくて、スープは豚とかえしだけなんちゃうかな。豚だけでこんなにできるんやというか、素材のポテンシャルを完全に引き出してる感がある。

    KEN:そのさ…おれ豚骨好きな方やねんけどさ、臭みとかはどうなん? 無いのを売りにしているのか、あるのを売りにしているのか。

    松田:気にしたことはないけど…でもしぇからしかみたいな世界観と比べると臭みはゼロやで。

    KEN:はいはい。

    しぇからしか

    近所にあるの、暴力団事務所より嫌

    松田:まあ個人的な好き嫌いはあるにしても、スープの完成度は抜群やと思う。あとたまにエクスペリメンタル枠もやってて、ほんまに豚と塩だけ、かえしさえ使わずにスープを作ってる日もあったな。

    KEN:あ、そういうことね。

    松田:3-4口目までは楽しめたけど…まあやっぱり味は薄いよな。

    KEN:やっぱりそうなんや。

    る松田:かえしのパンチは必要なんやというか…まあ食えないわけではないにしても、いつものスープの方が美味しいって口は言ってるって感じ。

    観念食ってっから

    KEN:はいはい。

    松田:それでも十分に成立はしてたからね、すごいよね。やっぱオーナーがストイックなんやと思う、そこがまず好き。

    KEN:なるほど。

    松田:それに加えて…食事ってさ、一日に3食しか食べられないっていうボリュームの上限と同時に、一食で一定程度までお腹を満たさなければいけないっていう、ボリュームの下限も制限もあると思うねん

    KEN:はいはい。

    松田:つまり3-4口だけ楽しんで終わることはできなくて、ワンセット食べてお腹を満たしきらないとあかんやん。

    KEN:ああそうやな、確かに確かに。

    松田:だからいくら完璧な美味しい豚骨スープがあったとしても、それを数百キロカロリー食べようと思ったら、後半は確実に飽きてくるのよ。

    KEN:いや理解した。それがあると逆にコースの正当性が見えてくるね

    コース料理には正当性がないとかいう誤った前提

    松田:そうやねん。だから麺とスープだけじゃなくて、セットの野菜を選べるようにしてバランスを取るみたいなことは大事やねん。最後まで飽きずに楽しめるし、何度来ても来るたびに美味しいっていう工夫やんね。

    KEN:うんうん。

    松田:これは、添加物ぶちこんで舌を喜ばせるとかとは違う、美味しいはずのものをきちんと美味しいものとして楽しんでもらうための迎合やん。これを心得ている感じ、これがプロでいいなと思うねん

    KEN:はいはい。

    松田:自分が今好きだと思える飲食店ってどこもそんな感じ。それこそ浜松町の…

    KEN:うどん?

    本格手打もり家

    松田:そうそう。それこそうどんなんて、最後の方は絶対に飽きるやん。でも浜松町のもり家では、フレッシュな薬味が一人ずつ、数種類ずつ、どれもたっぷりのボリュームで提供されるねん。

    舌の育ちが悪い人には難しい話ですが、○香ってあんま美味しくないですよね。そもそもいりこに限らず旨みに舌が喜ぶなんて当たり前の話なので、うどんの美味しさはむしろ小麦のテクスチャと麺の塩み、そしてそれらとの関係性においてはじめて旨みに見出されるべきな気がします。そういう意味においては浜松町のもり家や水天宮の谷やが個人的には好き。温かい麺に出汁醤油だけで美味しい、これが本当に美味しいうどんです。

    KEN:はいはい。

    松田:そうしたら絶対に飽きずに最後まで食べられるやろ。あとは最近よく行く西荻窪のカレー屋さんもさ…

    KEN:松田もう普通にグルメやん笑

    松田:まあエンゲル係数は高いよ。

    分母な

    KEN:笑

    松田:そのカレー屋さんはさ、志高めやからちょっと辛いねん。でも付け合わせの野菜みたいなのがわりと充実してて、それを途中で挿したら流れが変わって最後まで美味しく食べられるねんな。

    KEN:なるほどな。

    @curryshopfennel / X

    松田:きちんと美味しいものを作った上にそういうことができるっていうのが、今の自分の好きな飲食店の類型のひとつ。今から行くのも完全にそのタイプやね。

    KEN:はあ、なるほどね。ちょっと楽しみやな。


    松田:どうやった?

    KEN:いや美味しかったわ。し、松田が好きなんも分かる気がする。

    松田:分かるでしょ、派手じゃないけどきちんと徹底的に美味しいねん。

    KEN:麺も好きやったな、なんか捻くれてないやん

    松田:うんうん。

    KEN:捻くれてないけどしかるべきコシはあるし、卵の香りもするし…普通やと中華そばみたいな麺が安心するとか、逆に開化楼の極太麺が迫力があっていいとかがあるわけやけど、その良いところをうまく合わせて昇華している感じというか。

    松田:そうやんね、あの麺は変な下心がなくていいよな。

    KEN:それを、まずはスープだけで出すのもどこかプレシャスに感じられるしね。

    松田:うんうん。

    KEN:それも別にエゴとかではなくて、実際にそれくらいプレシャスだし、そういうものとして楽しめた方がいいし…いやよかったな。

    松田:自分のやりたいことをやり切った上で、それを丁寧に社会にポジションしていく感じがね。おれは普通に尊敬してる。

    まあほとんどの人にとって、まずは徹底的にてめえに媚びるとこからな。てめえに媚びられないやつが社会に媚びられるわけねえから。てめえに媚びることを社会に媚びることに仮託しているやつは地獄に堕ちます。

    KEN:尊敬できるね。あとは但し書きじゃないけどさ、カウンターのところにあった「部位ごとに鍋を分けて調理しています」とか、その下に店主の名前を書いてるのとかさ。エゴをやり切ったあとの誠実さみたいなのは気持ちいいよね

    2025年4月10日
    麺処一笑

  • 『地面師たち』はイマイチ、『First Love 初恋』がグッド

    『地面師たち』はイマイチ、『First Love 初恋』がグッド

    松田:あ…Netflixの『First Love 初恋』って観た?

    みなと:いや観てない、ぜひ観るわ。

    松田:うんまあ難しいな。可処分時間みたいなことを考えたときに、そんな簡単に勧めていいのかという話はある。

    誰しもいつかは死ぬという観点からすると、たとえ1分であってもそれは命の部分です。他人に何かを推奨するのであれば、極端な話そのために死ねと言える、それくらいの気概をもってしなければいけません。なんなら遅刻をするやつはもう人殺しと同じです。

    みなと:笑 ドラマ?

    松田:そうそう。

    みなと:でも僕あれ、『地面師たち』は観たよ。

    松田:なんや、じゃあ観ていいよ。あれよりは100倍観た方がいい。

    みなと:地面師たちはね、得るものは少なかったというか「ふうん」というか。

    EYEVAN 7285

    綾野剛のかけてるこれはよかったよね、合口の立体感と緩急のついたブロウラインが絶妙です。

    松田:まあ流行ったのは分かるが…おれね、やっぱああいうの嫌いやねん。ああいうコンテンツってね、世の中の仕組みのうち自分の効力感が及んでいない部分を知った気にさせてくれるだけって感じやん

    みなと:こんな闇があります…みたいな?

    松田:まあそう。あるいは官僚とか政治家とか、そういうのもコンテンツとしては同じように消費される傾向があると思うねん。

    田中角栄が好きって人、しんどいよな

    みなと:ああ、じゃああれもそうだよね。ウォール街のやつ。

    松田:『ウルフ・オブ・ウォールストリート』やね、あれもたしかに。あとは『VIVANT』もおれはちょっと気になった。

    みなと:なるほどね、はいはい。たしかにそれはそうね。

    松田:つまり、どういう仕組みになっているか分からなくて、でもそれに自分の人生が部分的に決定されている気もしていて、それによって惨めな気持ちになっているような、置いて行かれているような、そういう感覚に当てつけるようなコンテンツっていうのが存在すると思っていて。

    典型的には映画『ワイルド・スピード』シリーズに見られるような、「FBI! ハッキング! 最新鋭!」みたいなノリで高度な専門知識をおままごと化して南西部のブルーカラーのルサンチマンを癒す、これと同じ構造がありますね。

    みなと:はいはい、なるほどね。

    松田:地面師たちはね、そもそもの海喜館の事件がリアルタイムで報じられていたときからそういう感じがあったもん。東洋経済オンラインの記事をしたり顔でリポストする感じというか。

    みなと:で…ファーストラブ?

    松田:そう。とある初恋について描く話なんだけど…たとえばね、この世界に2人目のジェフ・ベゾスって要らんやん? まあ当たり前やん、Amazonが二度発明されることに意味はないねん。

    みなと:笑

    松田:そういう一度しか価値のないものも、たしかに世の中にはあるねん。でも初恋はそうは言えないんよね。新しい個体が世の中に生まれるたびに必要なことやねん。

    みなと:ああ、そういう意味ね。はいはい。

    松田:それを否定してしまうと人生の意味も否定することになるような、人の数だけ繰り返されなければならないことってやっぱりあるのよ。先人の経験も含めて他に代わりがない、全員が自分のけつを自分で拭かなあかんような何かはあるねん

    みなと:そうしないとね、綾波レイになっちゃうよね。

    ハイコンテクストでわらう、まあ実存ってことです

    松田:あ、そうそう。ほんまにそう笑 そういうイベントって必ず存在していて、タイトルにある通りの初恋はもちろん、このドラマの中で大切に扱われているのってそういうものばかりな気がするねんな。

    みなと:はいはい。

    松田:だから言うたら普通、普通のお話やねん。派手なところもきらびやかなところもないけれど、でもこういうのを大切にしたいなって思うようなね。擁護されるべきものが擁護されていると感じられるような、そういう感じ。

    みなと:うんうん。でもそれって逆説的にさ、かつて自分が経験した青春みたいなものに理想を投影するみたいな、単なる慰めでしかないようなものにもなりかねないと思うんだけど、それとは違うおもしろさがあるって感じなのかな。

    松田:うん。ファーストラブが良いのはそこでね、過去をだしに現在の惨めさを慰めるようなものではない。むしろだいぶ前向きやねん。

    みなと:うんうん。

    松田:佐藤健が主人公として出てきて、彼は元航空自衛隊のパイロットやねん。でも夢を挫かれて、今は夜間のビル警備をしてるねんな。それって相対化してしまうと取るに足らない境遇なんだけど、それを否定するでも肯定するでもなく、ただそれを原点に据えてそこからの自己実現を考えるような、そういう感じがある。

    みなと:なるほどね。

    Netflix Japan / YouTube

    松田:あれはすごくポジティブやった、擁護されるべきものが擁護されている作品やで。人生の手触りとか本当は知っているはずの何かを、相対化によって無視するのでも、絶対化して聖域にするのでもなく…まあおれはめっちゃ好きやった。

    みなと:観てみるわ。

    松田:最近で言うと『トリリオンゲーム』の真逆やな。まあ池上遼一の作品は個人的には好きやねんけど、あくまで劇画の世界のものとしてであってさ。あれをテレビドラマにして電波で流すのは違うよね。

    2024年11月17日
    すし銚子丸 木更津店

  • 世界は質量とお気持ち

    世界は質量とお気持ち

    松田:原発どうやった?

    山根:うん…あれは行かないと分かんない系だなって。

    説明を諦める態度、-100点

    松田:まあそれはそう。なんかさ…全体に質量やばない? フィジカルにボリュームありすぎん?

    山根:最初に見たあの無数のタンク…あの一基1億円するやつ。

    松田:あれもな、ほんま多いよな。

    日本経済新聞

    福島第1原発、処理水保管タンクの解体開始 1年で12基 – 日本経済新聞

    山根:あれを見てから、今度は最近になってようやく1gのデブリを取り出せたって話を聞いて、でもそれがまだ何百トンあるって

    廃炉への道、残るデブリ880トン 東日本大震災14年 – 日本経済新聞

    松田:しかしあのタンクな…中身は限りなく普通の水に近い水、国際的なスタンダードなら、ただの排水として海にじゃんじゃん流してるレベルの水やったわけでしょ。

    山根:全然なんか、温泉水の方が…っていう。

    松田:でもまあな、出ちゃったものはそう簡単に流せなかったという理屈も分かる。最近はそういうテンション。

    山根:実際それで、中国は海産物を買わないって言ってたし。

    松田:まあそれはポジショントークやけどさ。

    中国、日本産水産物の輸入再開へ、ALPS処理水について日本と認識を共有 – JETRO

    山根:松田さんはなんか…原発に対してスタンスあるんですか? 原発というか原子力発電というか。

    好きな子聞きたいならてめえから、修学旅行で習わんかった?

    松田:ああ、そら原子力使うしかなくね? とは思ってるよ。

    山根:あ、へえ。

    松田:前提として特別に興味がある分野ではないし、ざっくりとした話でしかないねんけど…国の電源構成を考えたとき、原子力あったほうがいいよねとは思ってる。

    山根:うん…

    松田:たださ、おれ一人の国でおれが決めていいのであればそら再稼働はさせるねんけど…

    山根:笑

    松田:でもあの事故を前提に、心情的にとてもじゃないがという人たちがいるのはおおいに分かるし…福島に行くにつれ、いわゆるお気持ちみたいなのにも相応の正当性はある気がしてきていて

    山根:はい。

    松田:つまりたとえば処理水にしたって、たしかに限りなく水に近い水だとしても、地元の人からしたら、そんなことは起こり得ないと言われた事故を起こして生まれた水なわけで。それを「まあ言うて大丈夫なんですわ」って言われて納得できるわけはないという、その気持ちもすごくよく分かる。

    山根:うんうん。

    松田:だから合意形成が必要だよねって感じ。やっぱね、お気持ちみたいなんは大事なんよ。人が行動するにしてもしないにしても、最後はお気持ち以上に強い根拠はないねんから

    山根:なるほど。

    松田:あとは最初の話やねんけどさ、質量があるとかフィジカルに存在するって、すごく重みがあるんだなって。それは今回もやっぱり思ったな。

    山根:はい。

    松田:だってさ…地域一帯が汚染されましたってなっても、表土を全部剥がしたら線量が下がって除染できたってことになるわけやん。なんかこれ、感覚的にはイージーじゃない? 目に見えない放射能があると言うても、剥がしたらOKっていう。

    山根:うん。

    松田:…でも実際にそれをやるにはさ、膨大な人と時間が必要で、そこで出た土はとりあえずフレコンバッグに詰めて積み上げてるわけやん。これってさ、6桁の数字を書き換えたら一撃で色が変わるみたいな世界観とは全く違うやん。

    山根:…あ、カラーコード的なね笑

    松田:そうそう。確かに表土を剥がしたら除染できるのはその通りなんだが、それをやるのも大変だし、その後にはどうしたらええか分からん汚染土が出て、その土を一時的にさえ置く場所が特別に必要なわけ。

    山根:なるほどな。

    松田:ほんで今フレコンバッグが置いてあるところってさ、あれ基本的には国が買い取ってるねんけど、そういうスキームに納得できなかった一部の地権者は国に土地を貸してんねん。2045年までの定借で。

    山根:うん。

    松田:でもそれさ、ほんまに2045年に間に合うんですかって話は当然あるし、そもそも2045年時点で今の地権者は生きてるんかって話もあるやん

    山根:たしかに。

    朝日新聞

    故郷に帰る「約束の日」まで20年 「除染土」再生利用への現在地 – 朝日新聞

    松田:質量があることとか空間を占めていることの重み、あとは人の気持ちのいかにも無視のできなさとかはな…あるよな。まあ実際の話をすると、福島の現状が自分の生活に直接的に影響している実感はほぼないし、そういう意味ではあんま何も考えてないけどな。

    山根:うん…

    松田:でも原発は動かしてくれよと思うよ。福島ではなく今ここにいるおれはさっさと再稼働しろとしか思わん…し、個人の人格を離れて、我々どうすべきですかみたいな話として言っても、やっぱり動かすべきだと思う。

    山根:へー…そうなんだ。でも今原発が全て止まっていて、なんか困ってる感じします?

    松田:せんよ。

    デロンギ24時間つけっぱにしてたら電気代が家賃の半分超えてて爆困りです

    山根:でも動かしたい?

    松田:確かにね…つまりひとつの原理を受け入れるということはさ、短期的な結果もさることながら、中長期的な帰結も引き受けることになるわけやん。今困っていないのは間違いなくそうなんだけど、もうちょっとスコープを伸ばしたときに、原発がある方がベターだと言えるように思うねんな。

    山根:それが…なんかよく分かんないんですよね。まあおれの地元にも原発があって、そこに住んでいる友達もいるっていうのはあると思うんですけど。なんかやっぱ個人的には、リスクを引き受ける人とリターンを得る人がアンバランスなツールだなと思っていて

    松田:ああ、まあ確かに分からんではない。原発ってちょっとこう、強者の論理っぽさはあるよね。

    山根:そこがしっくりこないポイントではある。

    松田:ただそれで言うとね、おれは自分の家の横に原発あってもええと思ってるかも。原発事故を知ってなおね。

    2025年3月7日
    Aux Bacchanales 紀尾井町

  • 愛は内心か行為か

    愛は内心か行為か

    鴻野:これ…初めは親子の話をしてたやん? 今の話って親子では期待できひんのかな。つまり親は一世代かけてコミットしているわけやん、それを子供の世代は受け取って…

    松田:で、自分の子供にコミットするんじゃない?

    鴻野:子供にコミットするんか、まあそうか。

    松田:自分は子供には同様にコミットするし、その子供から何かしらが返ってくることは期待しないよ。

    鴻野:まあね、それはそうやな。でも僕の妻は…娘は実家に帰ってきてくれるから娘が欲しいとか言うで笑

    松田:ああ…なるほどな、まあその辺は分からん。なんかうちの彼女も実家にはめっちゃ帰ってるわ。

    鴻野:一緒に帰ったりするん?

    松田:せんよ笑

    鴻野:相手の両親に会ったことはあるん?

    松田:それはあるよ。あとは以前、おばあちゃんがいつ亡くなるか分からんから顔を見せておきたいって言われたこともあるな。

    鴻野:おお。

    松田:そのときは…前提としてあなたの両親も祖父母もまじで他人でしかないが、あなたがそれを望む限りにおいて、あなたの希望としては尊重できるし会ってもいい。ただ、自分があなたと同じ感情で相手と付き合うことは期待しないでほしいと、それを伝えた上で会ったことはある。

    鴻野:それな…思うんやけどさ、彼女さんは松田の両親に会わんでいいん? 松田が会わんでいいと思ってるから?

    松田:おれは会わんでいいと思ってる、だからあとは彼女の問題やな。まあ会いたかったら連絡先教えるから勝手にやってくれとは…

    鴻野:いやそうじゃなくて、彼女は彼女の家族を大事にしているわけやん、それ同じレベルで大事にせなあかんように思わへん?

    松田:おれが…誰を?

    鴻野:松田が、彼女の家族を。

    松田:いや全く。

    鴻野:なるほどそうか、でもここむずかしない? 僕はそうじゃないと思うねん、まあ僕もできてはないねんけどな。

    松田:あ、できてはないねんな笑

    鴻野:そう。なんやけど、せなあかんと思ってるねん。妻が自分の親を大事にしているんやとしたらさ…つまり例えば、妻の両親がめっちゃ貧しくなって、それで妻はめっちゃ悲しんでるとするやん。それ松田さんは嫌じゃないん?

    松田:えっと…まずおれは悲しくない。おれがその事実を悲しく思うかというとそうではないが、ただ彼女が悲しいことは自分にとっても問題やで

    鴻野:問題なんや。

    松田:うん。

    鴻野:そうね、まあそうとも言える…言えるのか。でも松田さんの考えやと、自分も彼女に対して、彼女自身と同じレベルのコミットメントをせなあかんねやろ?

    松田:うん。

    鴻野:じゃあ結局やることは一緒なんか。

    松田:そう。だからその状況を解消するために彼女が家族カードを切りたいのであれば、それはぜひしてくれという話やな。

    それだけの与信があるとしてな

    鴻野:ああ…だから僕は人格が同一化しているみたいな話になっちゃってるんやろうけど。

    松田:はいはい。

    鴻野:でも、ほんまはそうじゃないはずやねん。妻が悲しいのであれば同様に自分も悲しいという言い方をすることもできると思うねん

    松田:なるほど…まあなるほどな。

    鴻野:ただ、そうじゃなくても全く問題はないような気もする

    松田:その辺についてはあれやな、大事なのは何を思っているのかではなく、何をするかだよねという気持ちでおるわ。

    鴻野:まあそれはな、それはそうやねんけど…

    価値が曖昧であり、われわれの考えている明確な具体的な場合にたいしてどうしても広況にすぎるなら、われわれには自分の本能を頼するほかに道はない。この青年がしようと試みたのはまさにそれで、私が会ったときに彼はこういっていた。「けっきょく、大切なのは感情です。私は自分を本当にある方向へ駆りたてるものを選ぶべきでしょう。もし私がほかのすべてー私の復讐心、私の行動欲、私の冒険心ーを犠牲にするに足るほど母を愛していると感じたら、私は母のもとにとどまります。もし反対に、母への愛情が充分でないと感じたら私は出発します」と。しかしある感情の価値をどうして決定するのか。母にたいする彼の感情の価値は何が与えるのか。それは彼が母のために残るという、まさにその事実なのである。「僕はこれこれの金額を犠牲にするほどにある友達を愛している」と私はいいうる。しかしそういいうるのは、事実その行為をした場合のことである。私が母のそばに残ったとき、はじめて私は「母のそばに残るほどに母を愛している」ということができる。私がこの愛情の価値を決定しうるのは、まさに、この愛情を確認し限定する一つの行為をしたときである。ところが私は、自分の行為を正当化することをこの愛情に求めるのであるから、私は循環論のなかにまきこまれることになる。

    J-P・サルトル『実存主義とは何か』人文書院

    J-P・サルトル『実存主義とは何か』人文書院

    松田:そもそもな、自分の実感としてはまず悲しくないもん。何よりも初めにある確信として、自分は全然悲しくない。すまんが。

    鴻野:うーん…いやそう、それはそうやねん。そこが難しい。つまりこれ、行動において内心は大事なのか大事じゃないかみたいな話やん

    松田:そう、それでおれは全然どうでもいいと思っている。

    鴻野:ああそうか。

    松田:こういうときに考えるのがさ、「愛してる」って言いながらDVするのは嘘つきやん?

    鴻野:それはさ、愛してるって言ってるけど愛してるって思ってないやん。ほんまに愛してるんならDVしてもええんちゃう?

    松田:おお…まじ? まあそういうロジックもあるか。

    鴻野:うん。愛してるっていうのは、最終的には気持ちじゃなくて行動が大事なん?

    松田:うん、そうやで。

    鴻野:なるほどおもろい…

    松田:え…でもさ、内心はいったん置くとしても、行動が大事なんは絶対そうじゃない? それが全てやん?

    鴻野:今のこの話、結果無価値と行為無価値みたいな話やな笑

    松田:いや知らんて。

    鴻野:刑法の…いやほんまに法学部の授業何も出てへんかってんな。

    松田:そらそうや、そもそもおれ法学部ちゃうねん。前期教養で退学してるんよ。

    鴻野:いや、文化一類の必修受けてへんの?

    松田:受けてへんから退学してるねん。

    鴻野:笑 ほんまに非難に値するのは行為なのか内心なのかっていう話です。

    松田:いや行為じゃね?

    鴻野:まあちょっと無価値っていう言い方は分かりにくくて、行為マイナスか結果マイナスかみたいな話なんやけど…まあいいや。

    松田:なんしか実際にしたことが全てじゃない? アインシュタインが実は悪魔崇拝者で、彼にしか聞こえない悪魔の声の導きで、実は世界を破滅に追いやるために数々の発見をしていたとしても、それによって彼の功績が損なわれることはないって話はあるやん

    鴻野:ああ…まあうん。

    松田:おれにとっては結果が全てやから、具体的に起こることだけが大事やしそれにはコミットするが…でも彼女の両親はド他人だっておれの心は言ってるねん。

    鴻野:そう、それは僕もそうやねん。その問題はあるねん、これどうしたらいいんかな。

    松田:だからおれは、彼女の両親は他人だしそちらの実家になんか行かんと言っているが、別に彼女が…

    鴻野:でも彼女にとっては大事な人やろ?

    松田:うん、でもそのお気持ちはもうどうしようもないやん。現実には介入できるけど、気持ちには介入できないよ。お互いにね。

    鴻野:ああ…なんか分かり合えんところやな。分かり合えんけど、うまく言語化できひんな。

    松田:笑

    鴻野:でもほんまに愛しているのならDVしてええと思ってまうのはなんなんやろう。

    松田:おれな、むしろそっちの方が気になるで笑

    鴻野:まあでも、愛してたらDVはせんねんけどな。

    松田:あ…ちょっと待ってや、愛しているのであれば実際のところDVはしないというのは正味の話としてあるんか。じゃあさ…

    鴻野:それはせえへん。でも松田さんの場合、全く愛していないけれど、愛している人と同じ行動をする人がいたらそれでもええってことやろ

    松田:そう、全然いいと思う。

    鴻野:それは僕的にはない…ないな。でもこれ説明できひんな、なんでや。

    松田:笑

    説明以前に世界が存在することを認めないズ💫

    鴻野:それさ、全く愛していないけれど、愛している人と同じ行動をする人の内心ってどんなんなん? それって幸せなん?

    松田:その人の内心は知らんというか…問題ではないな。とにかく大事なのは、この世界で実際に何が起こるかやから。

    鴻野:ええ…いや、大事なのは精神じゃない? ただ超極端なことを言うと、頭に電極を刺されていてもそれでいい気がしてくるな。

    松田:うん。

    鴻野:つまり…言ってること分かるでしょ。頭に電極を刺されて、実際には世の中は何も変わっていないけど自分と電極の先の装置との反応が全てだっていう。別に僕が今そうである可能性も、まあそうは思っていないけどあるわけやん。

    松田:まあ仮定はできるよな。

    鴻野:そう…であっても内心が大事かと言われると、それは言えないな。やばいな笑

    松田:だって愛しているって、それはつまり愛している行動をすることと不可分じゃないかって思うやん。

    鴻野:いや…まあうん。じゃあ我々が実際には電極を刺されている頭やとするやん、だとしたら自分という存在に価値はないってことやんな。

    松田:そらそうや、全くないでしょ。

    鴻野:まあまあ、それはそんな気もする。そんな気もするな。

    松田:笑

    鴻野:これあれなんかな、僕の学がないせいでこんなことなってるんかな。

    松田:そういう無理筋の謙遜やめてくれ笑

    鴻野:この問題、なんかいい本ないん?

    Amazon.co.jp

    J-P・サルトル『実存主義とは何か』人文書院

    松田:サルトルの『実存主義とは何か』はちょっと思い出していた。あれは…まあ鴻野にとって大事なことかは分からんが、平易で読みやすいよ。

    オリジナルのタイトルは『L’existentialisme est un humanisme』

    鴻野:はいはい。

    松田:まあそんなたいそうなものではないで。ただきっと鴻野は法律のことばかり考えて過ごしてきたのであろうからという気持ちのもと、ようやく慎ましやかに紹介できるようなごくごく平易な内容なものと理解してほしい。

    鴻野:笑 まあでも…他人じゃないねん。他人じゃないことにする義務があると僕は思うねん

    松田:はいはい。

    鴻野:つまり、内心においても他人じゃないようにする義務があるように僕は思う。それはその方が妻が幸せやと思うねん。

    松田:はいはい。

    鴻野:ただ「その方が妻が幸せやと思う」みたいなことを言っている時点で、既に若干あやしくて。

    松田:まあ思ったよ。

    鴻野:それこそ今日、ビザ取りに行くのもめっちゃ面倒でさ。ビザ出すかどうかって完全に向こうの匙加減やから、めっちゃ高圧的やねん。

    松田:そうなんや笑

    鴻野:まあそれはそうやん。しかも別に尊敬できる政体の国でもないし。ほんまに嫌になるねんけど、でも妻のためにビザの申請も出したよ。7,750円も払って。さらにそのために日本の戸籍も取らなあかん。

    大学一年生のときから新車の86に乗ってたくせに何を言うてるんかな。この日はゆりかもめ一駅分をケチって歩きよったせいで待ち合わせに大幅に遅刻したほか、以前も赤坂でのコンサートの待ち合わせの際、銀座線をケチって新橋から走ってきたせいで汗だくで現れたことがあるな?

    松田:しかしその具体的な行動を見たときにさ、奥さんが鴻野の内心を疑うことってあり得るんか?

    鴻野:でもビザ取るのがめっちゃ面倒で嫌っていうのはずっと言ってるで。

    松田:言うてたか知らんけど、ビザ取ったやん。じゃあもう愛やん。

    鴻野:でもどうせなら本当に会いたくてビザを取っているって、妻に感じさせて自分もそう感じている方がよっぽどいいんちゃうんかな

    松田:いやまあ確かにな。だがしかし、内心はシェアできないやん。例えばクッキーを買って彼女の実家に送りましたみたいな、そういう客観的な事実は唯一のそれを彼女ともシェアできるけど、内心は唯一のそれをシェアすることができひんやん。

    auxbacchanales_official / Instagram

    オーバカナルのCoffret de Noel、美味しすぎて毎年方々に配りまくってる

    鴻野:まあまあ、全くその通りなんやけどな。じゃあそれってさ、ほんまに愛してはいないけど愛しているのと全く同じ行為をできればそれでいいって話でしょ?

    松田:うん。てか内心において愛しているかはどうでもよくて、実際に何をしているかによってのみ愛は定義されると思っている。

    鴻野:…言っている意味は分かるが、何か腑に落ちんな。

    松田:法律の世界では内心とか登場すんの?

    鴻野:ああ、行為無価値と結果無価値は別にそういう話ではない。だって内心は処罰しないもん。

    松田:ああ、まあそうやんね。内心を処罰されたらえらいことやんね。

    鴻野:ただ結果無価値論は行為無価値論に対して…そもそも無価値っていうのはドイツ語の翻訳の当時の稚拙さが現れていて、今だと半価値と訳す人もいる。で、結果無価値論が行為無価値論に対して、最終的には内心を処罰の根拠にしているとしか言えないんじゃないかと批判している。

    松田:なるほどね。

    なるほどね(分からん)

    鴻野:そういう話で、東大系は結果無価値論で、でも行為無価値論の人も世の中にはいっぱいいる。でも…そうやんな、何を話すかとか、どんな顔をするかとかでしか見えへんわけやもんな。

    松田:いやそうやねん。

    鴻野:でもそれさ、ほんまに言うほど誰にでもできるんかな。そのコミットメント、今の彼女じゃない人と出会っていてもできていたと思う? 別にこんなことは言う意味がないんやけどな。

    松田:言う意味がないって理解してもらえていることを前提に言うと、できると思う。

    鴻野:ああ…でも、なんでそれを周りに期待してがっかりするん?

    松田:これはつまり、ごく個人的な信条の実践とかではなく、そもそも人類の一員としてどう行動するべきの判断に基づく、ある種の道徳として実践してるみたいな感じやねん。

    鴻野:まあそこまでのことは考えていないけど、僕もたまたまそうなっている気はするな。でもそれ人類の一員として…というかさ、別に自分のためでもないわけやん?

    松田:まあまあ、でも自分は人類の部分やからな。

    鴻野:じゃあそう振る舞うことで社会的厚生が増大するみたいな発想があるん?

    松田:うん、それはそうやな。

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    ピーター・シンガー『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと』NHK出版

    鴻野:じゃあ最終的には社会構成の最大化が松田の行動が目指すもので、そのためにパートナーとの関係を築き実践することが大事なん?

    松田:うん。

    鴻野:その発想は僕にはないな、ただそう考えると行為がめっちゃ大事な気はしてくる。

    2024年9月30日
    上野松坂屋前 バス停

  • パートナーへのコミットメントのあり方について

    パートナーへのコミットメントのあり方について

    鴻野:そもそも帰る場所として、決まった実家があることはどれくらい大事なんやろう。

    松田:まあ分からんけどな。

    子供が小学生になるまでに就職することを目標とする鴻野と、一銭も納めたことのない年金を追納することを目指す松田、2人が直前まで話していたテーマは「戸建より檜町のパークマンションの方がよくない? 」でした。ご両親は泣いています。

    鴻野:逆になんで帰省せえへんの。あれなん、あんま仲良くないん?

    松田:いや別にそんなことないで。

    鴻野:別に会いたくはないん? でも向こうは会いたいと思ってるんちゃう?

    松田:まあそらな。

    鴻野:じゃあ家族やし会ってあげたほうがええんちゃう?

    松田:なんやろうな…家族であることだけを理由にコミュニケーションを請求されてもそれは知らんというか。普通に家族より友達の方が大事やしな。

    鴻野:でも育ててくれたやん?

    松田:まあそれは世代間の義務やと思ってるからな。子どもを育てることが、子どもに対する特別なコミットメントだとは思ってへんで

    鴻野:じゃあ逆に言うと、介護せなあかんってなったらするん? 極端な話、死んだときに死体をどうするかは考えなあかんやん。

    松田:死体はな、骨が残らんように最大火力で…って言ってそうしてくれるんかは知らんが、まあそうするんちゃうかな。本来これ、自分自身の遺骨の扱い方を選べるんであればそうするという話やねんけどな。

    鴻野:笑 灰にするんか。でも自分のじゃないやん…そもそも親の面倒をみるっていうのはさ、世代間の義務ではないん?

    松田:まあこれは非常に難しいんやけど、子どもの面倒を親がみるのは当たり前やねん。最初は何も知らんし、無力なわけやし。

    鴻野:うん。

    松田:ただ現役世代が老人の面倒をみるべきなのかどうかについてはな…「いや歳食うのは分かってたやろ」みたいなとこがあるというか

    鴻野:ああそうか。

    松田:つまり、そこのけつは本人が拭くべきだとしてもいいんじゃないかという考え方もあって、今のところはそちらの方が感覚的に納得しやすい。ただ…

    鴻野:でも自分の子供がさ…いやまあいいや。ただ?

    松田:ここで分からんのが、おれはまだ老いていくことのリアリティを知らんわけ。

    鴻野:それは知らんな。

    松田:もしこれが50歳くらいになって身体的に老いていくことへの実感が生まれたら、また考え方は変わるかもしれん。ただ今のところはちょっと分からんな。

    鴻野:あれなんかな、うちの母親が自分の両親をえらい大事にしてるから、そういうふうに思うんかな。なんかよく施設に行ってるし、果物とかを持って行ってる。なんかわりと献身的やなって感じ。

    松田:まあ難しいな、おれ別に親を尊敬できるとかないしな。

    鴻野:それはないよ、うちも別に尊敬してるからとかではない。

    松田:でも例えばな、うちから駅までの道で、なんか立ち上がれなくなったっぽいおばあちゃんが座り込んでたときは、ちゃんと声かけたで。

    鴻野:まあそれは言うな。

    松田:その理由としてはさ、タイミングよくその場に居合わせたのが自分しかいないということの意味はすごく大きいというか…神様目線に立ったとき、世界におけるその課題解決はどう考えても自分にアサインされるべきやからね

    鴻野:なるほど。

    松田:そう考えるとやっぱりさ、老後にかかわる諸問題って、本人の若かりし頃にアサインされるべきなように思うで。

    鴻野:まあな、ええ施設入りたかったらお金貯めとけって話やな。でもさ、子供の顔を見たいとか孫の顔を見たいっていうのは、別の人ではできひんやん。

    松田:それはな…おれはその要求に正当性を認めないな。近所の幼稚園の園庭でも見てろとは言わんが、自分の子供に対する妙な自己同一化があるから、そんなわけわからん考え方になるんやと思ってる。

    わけわからんはわらう

    鴻野:え、じゃあ彼女は交換可能なん?

    松田:これも非常に難しいところなんやけど、今の文脈で言うたらおれは交換可能やと思ってるねん。自分がパートナーとして愛情をもってコミットする相手は、別に誰でもよかったと思っている

    端的には、対象の問題ではなく意志とコミットメントの問題であると表現したいところです。続きます。

    鴻野:はいはい。

    松田:ただ単に、今の彼女にコミットすると不可逆に決定する直前までに何かしらの経緯の問題で、相手が決まったという認識で。

    鴻野:そう、そうだとして…

    松田:で…ある時点においてパートナーに対して生涯を通じてコミットすると約束が成立している、明示的にであれ黙示的にであれ。その約束をお互いに信じられているという状態が非常に重要というか、そのことで期待できるようになることってあるわけやん?

    鴻野:そのつもりで一緒に生活してるもんな。

    松田:そうそう。一緒に生活をして、今後10年あるいは20年使い続けることになる鍋を買うという判断もできるようになるわけやん。てか最近鍋買ってんけどさ。

    鴻野:どんな鍋買ったん? 自炊すんの?

    松田:いや、うどんゆがくためだけに買った。 

    鴻野:別に電子レンジ使ったら食べられる状態になるうどんだってあるやん。

    松田:生麺とか半生麺とかゆがきたいから。

    鴻野:その鍋は…いい買い物なん?

    松田:うん、まあそうなんじゃないかな。

    鴻野:買ってからで申し訳ないねんけど、ジオプロダクトが僕のおすすめです

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    宮崎製作所 ジオ ポトフ鍋 22cm

    松田:おお、やっぱそうやんな。この世の鍋はあれ一択やんな。

    鴻野:あ、ジオプロダクト買った? それはよかった笑 両手鍋の…21cmのパスタポットか、20cmか22cmのポトフ鍋?

    松田:22cmのポトフ鍋やな笑

    鴻野:うちにも全く同じやつあるわ。あれ一択やで、あれ以外買う理由はない。

    松田:やっぱそうやんな。ビタクラフトに騙されそうにもなったけど。

    デパートで売ってる全然フェアじゃない鍋

    鴻野:まあ…あれはあれでええんちゃう? 取っ手が樹脂やから長時間煮込むとかしても絶対に持てるし、それはそれで合理的な選択の一つではある。高すぎるけど。

    松田:そう、それやねん。洗いにくそうなんも気すすまんしな。

    鴻野:コスパも込みでジオプロダクト一択なのはそうですね。今うちにも4つあるわ。

    松田:ジオプロダクトに行き着いたときは救いを感じたというか、ああいうものがあの価格で売られていること自体に、人間の誠実みたいなものを信じられるよな。

    鴻野:買おうと思ったら8,000円とかで買えるんかな、あれよりいい鍋はないのにあの値段っていうのがすごい

    松田:そうそう。

    鴻野:でも言ってよかった笑 別の買ってたら言わん方がいいかなとも思ったけど。それでなんやっけ…一生一緒にいる約束をしてジオプロダクトを買ったんか。

    松田:笑 まあ誰でもいいとは言いつつもな、一度そうと決まったものはひっくり返したらあかんで。むしろひっくり返さんために誰でもいいと言っているみたいなところはある。

    鴻野:うん…今の話やと、パートナーとの関係は最初の契約が大事みたいなニュアンスやん。

    (なにそれ難しそ…)

    松田:はいはい。

    鴻野:最初の契約時の意思の合致みたいなのにわりと重きを置いている感じがあって…極端な話、その時点で真にパートナーシップを結ぶ意思がお互いにあれば、その後で仲が悪くなってもパートナーシップ契約の価値自体にはなんの影響もないみたいな、そういうニュアンスを感じる。

    松田:うん…まあおれはそういうもんやと思っているな。

    鴻野:その瞬間、ほんまにその人と一生という気持ちがあれば、その先でめちゃくちゃしてもいいってこと?

    松田:いい…まあええな、ええよ。

    鴻野:うん…今が何が言いたいかってさ、子どもが産まれるとき、子どもと親との間にはなんらの意思表示の合致はないわけやん。

    松田:うんうん。

    鴻野:まあ親が子どもの面倒をみるという意思は行為によって示されているわけやけど、でも子ども側には何もないから、子どもには責任は生じない。一方でパートナーシップは双方の合意のもとに成立するからさ…

    松田:うんうん。

    鴻野:つまり産んでもらったことで生じる責任はさすがにないと思うけど…じゃあ例えばパートナーが要介護になったりしたら、それは絶対に面倒をみるやん。

    松田:もちろん。

    鴻野:それはだから、今の話やとパートナーシップ契約が根拠やってことやんな。

    松田:うん、そうなんかな。まあそうやな。

    鴻野:そうなると点の意思表示が大事なん? だって変な話さ、そこから生活を送っていく全ての時点でさ、お互い各々の効用関数を最大化するために生きてるわけやん。まあ観念的にはそうやん。

    松田:うん。

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    神取道宏『ミクロ経済学の力』日本評論社

    鴻野:そうなると点の意思表示というよりはさ…だって気は変わり得るやん。もちろんこれは気が変わることを問題としているんじゃなくてやで。

    松田:言いたいことはもちろん分かるんやけどな…なんしか自分が彼女との関係において確信していることとして、自分は相手を人生の最大の目的のひとつとしてカウントしているということがまずあるねん。

    鴻野:うん。

    松田:で、それがなぜですかと聞かれたら、それはそう決めたからというのがもっともしっくりくる答えやねん。

    鴻野:うん…うん、それはそうやな。

    松田:自分は相手に全面的にコミットする、その決定に先立つ観念的な評価とか判断があるわけではない。というか、それが存在することを仮定するとそれが覆されることも仮定できて、でもだからといってコミットメントを放棄するわけにはいかないやん

    鴻野:それは例えば…奥さんが大金持ちの娘で、結婚したらその家業を継げるからみたいな理由で結婚した場合、その家業がポシャったら離婚するんですかみたいな話やんね?

    本文には全く関係ありませんが、話の中で「例えば」が頻繁に出てくるように、具体例が多く出るコミュニケーションは良いコミュニケーションです。コミュニケーションの目的は紛れもなくアイデアの共有なわけですが、一般的に言って誰かが確信するアイデアが、他の誰かにそのままスムーズに受け入れられることは稀です。それは言葉によって具体的な事実から切り離されたアイデアは、一見すると高度な一般性を持っていそうでありながら、実際のところその一般性は、それが帰納された具体的な事実と対になって初めて役に立つものだからです。
    まずはアイデアとそれが帰納された具体的な事実を提案することから始め、さらにそれとは別の既に共有されている具体的な事実にそのアイデアを演繹できないかを探っていく…これ茶道とかと同じなのでとりあえず言われた通りにやってください。

    松田:そうそう。あるいはじゃあ、相手の感性に惹かれて一緒になったとして、病気なり事故なりでその感性を相手の中にもはや見出せなくなったとして、そのときどうするんですかって。それでもやはりコミットし続けるというのが自分の表明で、じゃあそれはなぜですかと改めて聞かれたら、やはりそう決めたからとしか言いようがない。

    鴻野:ああ、なるほどな。というのはさ、そう決めるまでの過程みたいなのは大事じゃない…

    松田:うん、大事じゃない。いずれにせよ決めてそれを実践することだけが重要。

    鴻野:例えばさ、25歳の時点でその感性がある人と一生添い遂げようと思った場合の判断にはさ、その時点以前のことを含んでいるやん。

    松田:なるほど、そうやな。

    鴻野:つまり、そう決めてから今までに一緒に生活している時間…例えば今ここで植物人間になるとしてもさ、決めてから今日までの時間は、今日以降の行動の理由にはならんのか。 

    松田:うん、それはならんな。

    鴻野:じゃあ決めた時点で、そこから先も全て決まっているん?

    松田:決まっている。

    鴻野:そうなんか…

    松田:そういうロジックを持ち出さないと、どうしてもグリップしきれない状況は想定されてしまうからね。

    鴻野:じゃあ例えばやけどさ、パートナーが不倫して離婚するみたいなパターンやと、これもある時点では真に添い遂げようと思ってたわけやけど、それ以降のどこかの時点で不倫が起こったから離婚するわけやん。

    松田:うん。

    鴻野:つまり真に添い遂げようと思っていた時点では不倫の可能性が織り込めていないとするとさ、今の松田の理屈やと、パートナーが不倫しても添い遂げることになるやん。

    松田:うん。そういう理屈やし、自分の実践することとしても特に違和感はないな。

    鴻野:おお…まあそういうことか、でもそれって普通じゃないよなたぶん。不倫したら別れようとするやん。

    松田:まあまあ。

    鴻野:なんでやろうな、でも言ってることが特別おかしいと思わんのはそうやねん。確かにそうやねん

    松田:で…まあこれを言い出すとあれやねんけど、今言ったようなことを腹の底から信じて日常の些事においても実践できるかが、実際には問われている気がするのね。

    鴻野:うん。

    松田:で、ほんまに今言ったことを信じて実践しているのであれば、不倫みたいなことが現実的に想定できるとは思えないねんな。

    鴻野:まああるいは、不倫をしても添い遂げる意思表示もある気はする。

    松田:ちょっと分からんけど、なんしか不倫をしてもという仮定に、正直なところリアリティを感じられへんのよね。

    鴻野:確かにないな、ない。

    松田:一般的な意味での不倫はだいぶ想定しにくいし…それでも外形的にそう呼ばれることをしたんであれば、それはもういいんじゃない?

    鴻野:まあ確かに、僕の妻が不倫をしたからといって彼女のことを嫌いになることはないな、うん。そういうふうに結婚を見ていたら…今の研究についてやねんけどさ、少数株主のことについてはずっと話してるやん?

    松田:はいはい。

    研究してるのは知ってる、中身は分からん

    鴻野:出資する際にさ、その出資者同士の間ではなんらかの契約がある…会社とは契約の束であるというのが一般的に考えられていることで、この契約は完全契約なんですよ。

    松田:うん、知らんけど。

    鴻野:つまり当事者はまず全てのことを予見した上で、お互いにどのような義務が生じていて、どのように利益を分配するのかは、全て決まっているものとして出資していると。

    松田:うんうん。

    鴻野:でも実際にはそうじゃないと。だから法的、事後的に介入する余地がある…とかっていうのとは全く逆の議論ですよね

    松田:はいはい、なるほどね。

    鴻野:もちろん全ての場合を予見することはできなくとも、どういう状況においてもお互いが何をしなければいけないかが一義に決まるっていうのが完全契約。

    松田:うん。

    鴻野:で、確かにパートナーシップ契約においても、どんな場合にもお互いの最善のために行動しなければいけないことが決まっていればそれでよくて…うん。

    松田:もちろんある時点での意思表示とはいえこれも難しいところでさ、私は生涯をかけてあなたにコミットしますと表明したところで、一度きりのその表明を真に受けるやつがおったらあほやん。そんなん実効性ないやん。

    鴻野:ああ、まあそらないよ。

    松田:つまり十分な期待を持たせるような表明は難しい…ねんけど、自分はそれを達成できていると確信しているし、まあ鴻野もそれはそうっぽいやん。

    鴻野:分からんけどな笑

    松田:でもこれな、自分が周囲との間で感じるギャップのうち特に重要なものやねん。こういう実践をするとか、あるいは翻って同様の期待を他人に持つことはすごく大事なことな気がするんだけれども、実際のところ相手がパートナーであってさえ、その実践している人はまずいない。自分としてはそれはすごく嫌。

    鴻野:ほう、まあ他人のパートナーシップがどうであれ、それは自分とは関係がないとも思うけどな。

    松田:ああ…まあまあ。

    鴻野:そこは人それぞれであって仕方がないんじゃないかとは思う。それこそ僕の両親は別居して離婚しているんで。

    松田:はいはい。

    鴻野:僕の父親は医師なんだけれど庶民的な医師で、母親は甲南女子を出ていてまあボンボンなんですよね。それで金銭感覚がちょっと合わなかったのかな…まあだから、自分以外の人の結婚が自分のそれと違うのは全然普通だと思うし、それはもう好きにしてくれと思うし。

    松田:うんうん。

    鴻野:当然あなたのより私の結婚の方が幸せだと思いますけど、あなたにはそれができなくて、それは自分は運がよかっただけだと今は思うというか…自分自身そういう努力をしてきたわけではないし、少なくとも自分のおかげではない。

    松田:はいはい。

    鴻野:今のようなパートナーシップを選べたのはただ運がよかった、それは仕方がない。他の人が本人のできる範囲内ですべきことをしていなくて、だからあかんとは思わないかな。運が悪いだけ…じゃない? そんなに自分でコントロールできる話なんかな。

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    エーリッヒ・フロム『愛するということ』紀伊国屋書店

    弘中綾香のミジンコみたいなコメント、見るたびにわらってまう

    と松田:おれは…自分と彼女とのパートナーシップにおいては非常な効力感を持っているし、自分はこれを正しいと信じて選んで実践して獲得したという自負がある。

    鴻野:ああ…

    松田:その上で例えば「自分の人生においてゴルフの技量は重要なので努力して習得しました、でもこれはみんながやるべきことかというとそうではなくて、あくまでごく個人的な選択です」みたいな話はあると思うねんけど…

    鴻野:うんうん。

    松田:…なんだけど、他人を信じてそれにコミットするし、その裏返しとして他人にもそれを期待するというのは、自分の趣味というよりは人類の義務、どこか道徳的なものとして捉えているねんな。だから実践の程度はともかく、それに対する意思がなさそうであるとか、それを踏みにじるような独善的な振る舞いをみると、それには憤りを感じる。

    鴻野:統一教会とか、そういう人たちみたいなことを言っているようにも聞こえるな笑

    松田:そう、そこは難しい笑 だから最後の最後で大事なのは、人はどうあるべきかと問われたら自分はそう答えるし、だからこそその通りの行動するんだけれど、それを他人に強制力をもって適用したいかと言われるとちょっと違う。

    鴻野:でもなんでそうなるんやろう、僕はほんまに自分は運がよかっただけやと思っているし、今後もそう思い続けると思うねん。

    松田:はいはい。

    鴻野:そんな素質、僕にはないもん。なんでそんなことできるん?

    松田:知らん笑 ただちょっと思うのは、彼女と付き合ってたこの数年間、自分の友達はみんな会社で働いていたけど自分はそうではなかったし、他に負担しなければいけないストレスとかコミュニケーションコストとかもなかったよ。

    鴻野:それ僕もや。

    松田:そっか…まあおれはさ、博士論文に追われたりもなかったし。

    鴻野:僕もや、追われてへんからまだ書けてへんねん。

    松田:そっか…うん。

    人生停滞ズ💫

    鴻野:先生にも言われるもん、論文書かなあかんのに他のこと考えてへんかって。まあおっしゃることは分かるねんけどな。

    松田:それは最近思うで、シンプルに自分が達成しなければいけないことだけを期待される環境に身を置くのは大事よ。ほとんどの達成は、能力の問題でも勤勉さの問題でもなく環境の問題やからな。

    鴻野:うちの場合は子供が小学校に入るまでには就職せなあかんなとは思うけど。

    松田:家帰ったら子供おるんやろ、それで博論書くのはすごいで。

    鴻野:家帰ったらじゃなくて、保育園に迎えに行かなあかんねん。

    松田:笑

    2024年9月30日
    上野松坂屋前 バス停

  • パートナーへのコミットメントのあり方について

    パートナーへのコミットメントのあり方について

    鴻野:そもそも帰る場所として、決まった実家があることはどれくらい大事なんやろう。

    松田:まあ分からんけどな。

    子供が小学生になるまでに就職することを目標とする鴻野と、一銭も納めたことのない年金を追納することを目指す松田、2人が直前まで話していたテーマは「戸建より檜町のパークマンションの方がよくない? 」でした。ご両親は泣いています。

    鴻野:逆になんで帰省せえへんの。あれなん、あんま仲良くないん?

    松田:いや別にそんなことないで。

    鴻野:別に会いたくはないん? でも向こうは会いたいと思ってるんちゃう?

    松田:まあそらな。

    鴻野:じゃあ家族やし会ってあげたほうがええんちゃう?

    松田:なんやろうな…家族であることだけを理由にコミュニケーションを請求されてもそれは知らんというか。普通に家族より友達の方が大事やしな。

    鴻野:でも育ててくれたやん?

    松田:まあそれは世代間の義務やと思ってるからな。子どもを育てることが、子どもに対する特別なコミットメントだとは思ってへんで

    鴻野:じゃあ逆に言うと、介護せなあかんってなったらするん? 極端な話、死んだときに死体をどうするかは考えなあかんやん。

    松田:死体はな、骨が残らんように最大火力で…って言ってそうしてくれるんかは知らんが、まあそうするんちゃうかな。本来これ、自分自身の遺骨の扱い方を選べるんであればそうするという話やねんけどな。

    鴻野:笑 灰にするんか。でも自分のじゃないやん…そもそも親の面倒をみるっていうのはさ、世代間の義務ではないん?

    松田:まあこれは非常に難しいんやけど、子どもの面倒を親がみるのは当たり前やねん。最初は何も知らんし、無力なわけやし。

    鴻野:うん。

    松田:ただ現役世代が老人の面倒をみるべきなのかどうかについてはな…「いや歳食うのは分かってたやろ」みたいなとこがあるというか

    鴻野:ああそうか。

    松田:つまり、そこのけつは本人が拭くべきだとしてもいいんじゃないかという考え方もあって、今のところはそちらの方が感覚的に納得しやすい。ただ…

    鴻野:でも自分の子供がさ…いやまあいいや。ただ?

    松田:ここで分からんのが、おれはまだ老いていくことのリアリティを知らんわけ。

    鴻野:それは知らんな。

    松田:もしこれが50歳くらいになって身体的に老いていくことへの実感が生まれたら、また考え方は変わるかもしれん。ただ今のところはちょっと分からんな。

    鴻野:あれなんかな、うちの母親が自分の両親をえらい大事にしてるから、そういうふうに思うんかな。なんかよく施設に行ってるし、果物とかを持って行ってる。なんかわりと献身的やなって感じ。

    松田:まあ難しいな、おれ別に親を尊敬できるとかないしな。

    鴻野:それはないよ、うちも別に尊敬してるからとかではない。

    松田:でも例えばな、うちから駅までの道で、なんか立ち上がれなくなったっぽいおばあちゃんが座り込んでたときは、ちゃんと声かけたで。

    鴻野:まあそれは言うな。

    松田:その理由としてはさ、タイミングよくその場に居合わせたのが自分しかいないということの意味はすごく大きいというか…神様目線に立ったとき、世界におけるその課題解決はどう考えても自分にアサインされるべきやからね

    鴻野:なるほど。

    松田:そう考えるとやっぱりさ、老後にかかわる諸問題って、本人の若かりし頃にアサインされるべきなように思うで。

    鴻野:まあな、ええ施設入りたかったらお金貯めとけって話やな。でもさ、子供の顔を見たいとか孫の顔を見たいっていうのは、別の人ではできひんやん。

    松田:それはな…おれはその要求に正当性を認めないな。近所の幼稚園の園庭でも見てろとは言わんが、自分の子供に対する妙な自己同一化があるから、そんなわけわからん考え方になるんやと思ってる。

    わけわからんはわらう

    鴻野:え、じゃあ彼女は交換可能なん?

    松田:これも非常に難しいところなんやけど、今の文脈で言うたらおれは交換可能やと思ってるねん。自分がパートナーとして愛情をもってコミットする相手は、別に誰でもよかったと思っている

    端的には、対象の問題ではなく意志とコミットメントの問題であると表現したいところです。続きます。

    鴻野:はいはい。

    松田:ただ単に、今の彼女にコミットすると不可逆に決定する直前までに何かしらの経緯の問題で、相手が決まったという認識で。

    鴻野:そう、そうだとして…

    松田:で…ある時点においてパートナーに対して生涯を通じてコミットすると約束が成立している、明示的にであれ黙示的にであれ。その約束をお互いに信じられているという状態が非常に重要というか、そのことで期待できるようになることってあるわけやん?

    鴻野:そのつもりで一緒に生活してるもんな。

    松田:そうそう。一緒に生活をして、今後10年あるいは20年使い続けることになる鍋を買うという判断もできるようになるわけやん。てか最近鍋買ってんけどさ。

    鴻野:どんな鍋買ったん? 自炊すんの?

    松田:いや、うどんゆがくためだけに買った。 

    鴻野:別に電子レンジ使ったら食べられる状態になるうどんだってあるやん。

    松田:生麺とか半生麺とかゆがきたいから。

    鴻野:その鍋は…いい買い物なん?

    松田:うん、まあそうなんじゃないかな。

    鴻野:買ってからで申し訳ないねんけど、ジオプロダクトが僕のおすすめです

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    松田:おお、やっぱそうやんな。この世の鍋はあれ一択やんな。

    鴻野:あ、ジオプロダクト買った? それはよかった笑 両手鍋の…21cmのパスタポットか、20cmか22cmのポトフ鍋?

    松田:22cmのポトフ鍋やな笑

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    松田:やっぱそうやんな。ビタクラフトに騙されそうにもなったけど。

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    鴻野:まあ…あれはあれでええんちゃう? 取っ手が樹脂やから長時間煮込むとかしても絶対に持てるし、それはそれで合理的な選択の一つではある。高すぎるけど。

    松田:そう、それやねん。洗いにくそうなんも気すすまんしな。

    鴻野:コスパも込みでジオプロダクト一択なのはそうですね。今うちにも4つあるわ。

    松田:ジオプロダクトに行き着いたときは救いを感じたというか、ああいうものがあの価格で売られていること自体に、人間の誠実みたいなものを信じられるよな。

    鴻野:買おうと思ったら8,000円とかで買えるんかな、あれよりいい鍋はないのにあの値段っていうのがすごい

    松田:そうそう。

    鴻野:でも言ってよかった笑 別の買ってたら言わん方がいいかなとも思ったけど。それでなんやっけ…一生一緒にいる約束をしてジオプロダクトを買ったんか。

    松田:笑 まあ誰でもいいとは言いつつもな、一度そうと決まったものはひっくり返したらあかんで。むしろひっくり返さんために誰でもいいと言っているみたいなところはある。

    鴻野:うん…今の話やと、パートナーとの関係は最初の契約が大事みたいなニュアンスやん。

    (なにそれ難しそ…)

    松田:はいはい。

    鴻野:最初の契約時の意思の合致みたいなのにわりと重きを置いている感じがあって…極端な話、その時点で真にパートナーシップを結ぶ意思がお互いにあれば、その後で仲が悪くなってもパートナーシップ契約の価値自体にはなんの影響もないみたいな、そういうニュアンスを感じる。

    松田:うん…まあおれはそういうもんやと思っているな。

    鴻野:その瞬間、ほんまにその人と一生という気持ちがあれば、その先でめちゃくちゃしてもいいってこと?

    松田:いい…まあええな、ええよ。

    鴻野:うん…今が何が言いたいかってさ、子どもが産まれるとき、子どもと親との間にはなんらの意思表示の合致はないわけやん。

    松田:うんうん。

    鴻野:まあ親が子どもの面倒をみるという意思は行為によって示されているわけやけど、でも子ども側には何もないから、子どもには責任は生じない。一方でパートナーシップは双方の合意のもとに成立するからさ…

    松田:うんうん。

    鴻野:つまり産んでもらったことで生じる責任はさすがにないと思うけど…じゃあ例えばパートナーが要介護になったりしたら、それは絶対に面倒をみるやん。

    松田:もちろん。

    鴻野:それはだから、今の話やとパートナーシップ契約が根拠やってことやんな。

    松田:うん、そうなんかな。まあそうやな。

    鴻野:そうなると点の意思表示が大事なん? だって変な話さ、そこから生活を送っていく全ての時点でさ、お互い各々の効用関数を最大化するために生きてるわけやん。まあ観念的にはそうやん。

    松田:うん。

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    神取道宏『ミクロ経済学の力』日本評論社

    鴻野:そうなると点の意思表示というよりはさ…だって気は変わり得るやん。もちろんこれは気が変わることを問題としているんじゃなくてやで。

    松田:言いたいことはもちろん分かるんやけどな…なんしか自分が彼女との関係において確信していることとして、自分は相手を人生の最大の目的のひとつとしてカウントしているということがまずあるねん。

    鴻野:うん。

    松田:で、それがなぜですかと聞かれたら、それはそう決めたからというのがもっともしっくりくる答えやねん。

    鴻野:うん…うん、それはそうやな。

    松田:自分は相手に全面的にコミットする、その決定に先立つ観念的な評価とか判断があるわけではない。というか、それが存在することを仮定するとそれが覆されることも仮定できて、でもだからといってコミットメントを放棄するわけにはいかないやん

    鴻野:それは例えば…奥さんが大金持ちの娘で、結婚したらその家業を継げるからみたいな理由で結婚した場合、その家業がポシャったら離婚するんですかみたいな話やんね?

    本文には全く関係ありませんが、話の中で「例えば」が頻繁に出てくるように、具体例が多く出るコミュニケーションは良いコミュニケーションです。コミュニケーションの目的は紛れもなくアイデアの共有なわけですが、一般的に言って誰かが確信するアイデアが、他の誰かにそのままスムーズに受け入れられることは稀です。それは言葉によって具体的な事実から切り離されたアイデアは、一見すると高度な一般性を持っていそうでありながら、実際のところその一般性は、それが帰納された具体的な事実と対になって初めて役に立つものだからです。
    まずはアイデアとそれが帰納された具体的な事実を提案することから始め、さらにそれとは別の既に共有されている具体的な事実にそのアイデアを演繹できないかを探っていく…これ茶道とかと同じなのでとりあえず言われた通りにやってください。

    松田:そうそう。あるいはじゃあ、相手の感性に惹かれて一緒になったとして、病気なり事故なりでその感性を相手の中にもはや見出せなくなったとして、そのときどうするんですかって。それでもやはりコミットし続けるというのが自分の表明で、じゃあそれはなぜですかと改めて聞かれたら、やはりそう決めたからとしか言いようがない。

    鴻野:ああ、なるほどな。というのはさ、そう決めるまでの過程みたいなのは大事じゃない…

    松田:うん、大事じゃない。いずれにせよ決めてそれを実践することだけが重要。

    鴻野:例えばさ、25歳の時点でその感性がある人と一生添い遂げようと思った場合の判断にはさ、その時点以前のことを含んでいるやん。

    松田:なるほど、そうやな。

    鴻野:つまり、そう決めてから今までに一緒に生活している時間…例えば今ここで植物人間になるとしてもさ、決めてから今日までの時間は、今日以降の行動の理由にはならんのか。 

    松田:うん、それはならんな。

    鴻野:じゃあ決めた時点で、そこから先も全て決まっているん?

    松田:決まっている。

    鴻野:そうなんか…

    松田:そういうロジックを持ち出さないと、どうしてもグリップしきれない状況は想定されてしまうからね。

    鴻野:じゃあ例えばやけどさ、パートナーが不倫して離婚するみたいなパターンやと、これもある時点では真に添い遂げようと思ってたわけやけど、それ以降のどこかの時点で不倫が起こったから離婚するわけやん。

    松田:うん。

    鴻野:つまり真に添い遂げようと思っていた時点では不倫の可能性が織り込めていないとするとさ、今の松田の理屈やと、パートナーが不倫しても添い遂げることになるやん。

    松田:うん。そういう理屈やし、自分の実践することとしても特に違和感はないな。

    鴻野:おお…まあそういうことか、でもそれって普通じゃないよなたぶん。不倫したら別れようとするやん。

    松田:まあまあ。

    鴻野:なんでやろうな、でも言ってることが特別おかしいと思わんのはそうやねん。確かにそうやねん

    松田:で…まあこれを言い出すとあれやねんけど、今言ったようなことを腹の底から信じて日常の些事においても実践できるかが、実際には問われている気がするのね。

    鴻野:うん。

    松田:で、ほんまに今言ったことを信じて実践しているのであれば、不倫みたいなことが現実的に想定できるとは思えないねんな。

    鴻野:まああるいは、不倫をしても添い遂げる意思表示もある気はする。

    松田:ちょっと分からんけど、なんしか不倫をしてもという仮定に、正直なところリアリティを感じられへんのよね。

    鴻野:確かにないな、ない。

    松田:一般的な意味での不倫はだいぶ想定しにくいし…それでも外形的にそう呼ばれることをしたんであれば、それはもういいんじゃない?

    鴻野:まあ確かに、僕の妻が不倫をしたからといって彼女のことを嫌いになることはないな、うん。そういうふうに結婚を見ていたら…今の研究についてやねんけどさ、少数株主のことについてはずっと話してるやん?

    松田:はいはい。

    研究してるのは知ってる、中身は分からん

    鴻野:出資する際にさ、その出資者同士の間ではなんらかの契約がある…会社とは契約の束であるというのが一般的に考えられていることで、この契約は完全契約なんですよ。

    松田:うん、知らんけど。

    鴻野:つまり当事者はまず全てのことを予見した上で、お互いにどのような義務が生じていて、どのように利益を分配するのかは、全て決まっているものとして出資していると。

    松田:うんうん。

    鴻野:でも実際にはそうじゃないと。だから法的、事後的に介入する余地がある…とかっていうのとは全く逆の議論ですよね

    松田:はいはい、なるほどね。

    鴻野:もちろん全ての場合を予見することはできなくとも、どういう状況においてもお互いが何をしなければいけないかが一義に決まるっていうのが完全契約。

    松田:うん。

    鴻野:で、確かにパートナーシップ契約においても、どんな場合にもお互いの最善のために行動しなければいけないことが決まっていればそれでよくて…うん。

    松田:もちろんある時点での意思表示とはいえこれも難しいところでさ、私は生涯をかけてあなたにコミットしますと表明したところで、一度きりのその表明を真に受けるやつがおったらあほやん。そんなん実効性ないやん。

    鴻野:ああ、まあそらないよ。

    松田:つまり十分な期待を持たせるような表明は難しい…ねんけど、自分はそれを達成できていると確信しているし、まあ鴻野もそれはそうっぽいやん。

    鴻野:分からんけどな笑

    松田:でもこれな、自分が周囲との間で感じるギャップのうち特に重要なものやねん。こういう実践をするとか、あるいは翻って同様の期待を他人に持つことはすごく大事なことな気がするんだけれども、実際のところ相手がパートナーであってさえ、その実践している人はまずいない。自分としてはそれはすごく嫌。

    鴻野:ほう、まあ他人のパートナーシップがどうであれ、それは自分とは関係がないとも思うけどな。

    松田:ああ…まあまあ。

    鴻野:そこは人それぞれであって仕方がないんじゃないかとは思う。それこそ僕の両親は別居して離婚しているんで。

    松田:はいはい。

    鴻野:僕の父親は医師なんだけれど庶民的な医師で、母親は甲南女子を出ていてまあボンボンなんですよね。それで金銭感覚がちょっと合わなかったのかな…まあだから、自分以外の人の結婚が自分のそれと違うのは全然普通だと思うし、それはもう好きにしてくれと思うし。

    松田:うんうん。

    鴻野:当然あなたのより私の結婚の方が幸せだと思いますけど、あなたにはそれができなくて、それは自分は運がよかっただけだと今は思うというか…自分自身そういう努力をしてきたわけではないし、少なくとも自分のおかげではない。

    松田:はいはい。

    鴻野:今のようなパートナーシップを選べたのはただ運がよかった、それは仕方がない。他の人が本人のできる範囲内ですべきことをしていなくて、だからあかんとは思わないかな。運が悪いだけ…じゃない? そんなに自分でコントロールできる話なんかな。

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    エーリッヒ・フロム『愛するということ』紀伊国屋書店

    弘中綾香のミジンコみたいなコメント、見るたびにわらってまう

    と松田:おれは…自分と彼女とのパートナーシップにおいては非常な効力感を持っているし、自分はこれを正しいと信じて選んで実践して獲得したという自負がある。

    鴻野:ああ…

    松田:その上で例えば「自分の人生においてゴルフの技量は重要なので努力して習得しました、でもこれはみんながやるべきことかというとそうではなくて、あくまでごく個人的な選択です」みたいな話はあると思うねんけど…

    鴻野:うんうん。

    松田:…なんだけど、他人を信じてそれにコミットするし、その裏返しとして他人にもそれを期待するというのは、自分の趣味というよりは人類の義務、どこか道徳的なものとして捉えているねんな。だから実践の程度はともかく、それに対する意思がなさそうであるとか、それを踏みにじるような独善的な振る舞いをみると、それには憤りを感じる。

    鴻野:統一教会とか、そういう人たちみたいなことを言っているようにも聞こえるな笑

    松田:そう、そこは難しい笑 だから最後の最後で大事なのは、人はどうあるべきかと問われたら自分はそう答えるし、だからこそその通りの行動するんだけれど、それを他人に強制力をもって適用したいかと言われるとちょっと違う。

    鴻野:でもなんでそうなるんやろう、僕はほんまに自分は運がよかっただけやと思っているし、今後もそう思い続けると思うねん。

    松田:はいはい。

    鴻野:そんな素質、僕にはないもん。なんでそんなことできるん?

    松田:知らん笑 ただちょっと思うのは、彼女と付き合ってたこの数年間、自分の友達はみんな会社で働いていたけど自分はそうではなかったし、他に負担しなければいけないストレスとかコミュニケーションコストとかもなかったよ。

    鴻野:それ僕もや。

    松田:そっか…まあおれはさ、博士論文に追われたりもなかったし。

    鴻野:僕もや、追われてへんからまだ書けてへんねん。

    松田:そっか…うん。

    人生停滞ズ💫

    鴻野:先生にも言われるもん、論文書かなあかんのに他のこと考えてへんかって。まあおっしゃることは分かるねんけどな。

    松田:それは最近思うで、シンプルに自分が達成しなければいけないことだけを期待される環境に身を置くのは大事よ。ほとんどの達成は、能力の問題でも勤勉さの問題でもなく環境の問題やからな。

    鴻野:うちの場合は子供が小学校に入るまでには就職せなあかんなとは思うけど。

    松田:家帰ったら子供おるんやろ、それで博論書くのはすごいで。

    鴻野:家帰ったらじゃなくて、保育園に迎えに行かなあかんねん。

    松田:笑

    2024年9月30日
    上野松坂屋前 バス停

  • アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    中垣:別にそのための方法を模索しているとかではないねんけど…ニューヨークの右上、セントラルパークの東側のアッパー・イーストって呼ばれるエリアがあるねんな。

    松田:はいはい。

    中垣:フレンズとかゴシップガールとか、ああいう昔ながらのセレブリティが住むような、東京やと松濤とか城南五山みたいなとこやと思ってくれたらいいねんけど。

    松田:はいはい。

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    フレンズ(字幕版)

    中垣:おれがそこを歩いてると道を譲ってもらわれへん…というか、狭い歩道でお互いが向かってきたとき、絶対に向こうはよけへんのよね

    松田:なるほどね。それ最終的には中垣が譲るんやんな、別に肩ぶつけにいったりはせんよな?

    フィジカル弱いくせにぶつけて揉めるアホ

    中垣:そうやね、おれはぶつけにいったりはしないね。

    松田:まあそう。

    中垣:…やってんけど、先週風邪が治った病み上がりでメトロポリタン美術館に行こうと思って。それでどういう服を着ようか考えてんけど、あまり元気がないからチャレンジしたい気持ちもなくて、それで普通にパーカーとジーパンみたいな、自分の美学が反映されている範囲で一番ノーマルな服装をしてたのね

    松田:はいはい。

    中垣:そしたらあいつら、めっちゃよけてくれるねん。まあよけてくれるっていう言い方もおかしいねんけど、でもみんな普通によけるねん。むしろ俺がよけへんくらいで、「あれこれなんでやろう」とか思って。

    松田:うんうん。

    中垣:あまりに病気でしんどそうみたいなんではないんよ、別に回復はしてるから。

    松田:はいはい。

    中垣:ここでちょっと思ったのが…もちろんサンプルが少ないから感覚的な話やねんけど、彼らが道を譲らないときに起こっていることって、別に人種差別ではないんじゃないかと思ってん

    松田:はいはい。

    中垣:要は彼らとしては、きっと人間たるものこうあるべきみたいな美学があるわけじゃないですか。それを実践できているかどうかの指標が明確にある感じがするというか、彼らとしてもそういうことで守ってきたエリアでもあるし。

    松田:なるほど。分かる、分かるで。

    中垣:そこで普段のおれが、いろんな色の服を着て「やったるわい」みたいな感じで歩いていたら、それは土足で踏み入られている気にもなるというかね。

    色多いときそういう気持ちやったのね…

    松田:そこで道を譲らないことによってね、彼らのアイデンティティが守られる部分もあるわけやしね。

    中垣:そうそう、それをなんか直感した。まずもう目線が違うねん、よけへんときっていかにも排斥的というか、異物を見るような目線なわけ。

    松田:うんうん。

    中垣:でもよけるときって「こんにちはいい天気ですね」みたいな感じなわけよ。いつもと違って自分には元気がなくて、言うたら慎ましやかながら最低限の美学は実践しているっていう、そのスタンスに向こうからしたら「そうそう」ってなるわけ

    松田:笑

    中垣:しかもわざわざ「そうそう」ってなるまでもなく、それを一瞬で見て判断してるんやろうなとか思って。なんかすごく納得してしまったよな。

    松田:まあそれにな、そういうこと自分も別にするしな。

    中垣:そう考えると妥当っちゃ妥当なのよね。彼らはずっとそこに住んでいて、自分たちの場所なわけで。ある意味すっきりはしたかな。

    松田:まあ…だいぶ適当な例やけど、東京ミッドタウンで地方のイオンみたいなやつが騒いでたら、そら蹴ろうみたいな気持ちにはなるやん。

    中垣:気持ちにはね笑

    松田:それで実際に蹴ったらあかんねんけど、でも心の中では蹴るやん。おれはそんな自分が嫌いじゃないし、今後の人生それでええと思ってるねん。そういう感じやんね。

    中垣:うん。だからこれさ、人種差別とは全然違うやん。

    松田:そうやんな、全然ちゃうよな。

    中垣:メンタリティとしては全然違うねんけど、そこを取り違えることって多そうというか、なんならほぼそうなんじゃないかくらいに思うよね。

    松田:あ、人種差別的なそれがね。

    中垣:そうそう。人種がどうというよりは…そこをホームにしている人たちの、自身の文化の蓄積に対する誇り、それは尊重しろよろいう目線が大きいような気がするねんな

    松田:郷に行っては郷に従えね。

    中垣:もちろん確かにそれだけではないねん、例えばじゃあ日本人がフランスに行ったときとタイに行ったときでは、レストランでの注文のしやすさが違うのはみんな感じることやと思うねん。

    松田:はいはい。

    中垣:ただいったんのところ単純化してしまうと、別にどんな人であってもさ、しゃんとしてピシッと服を着てたら、あんまそういうトラブルってなさそうやん。そういう適切なハリがあればさ。

    松田:分かるよ。ほんまにまじで1ミリも知らんけど、誇り高き華僑みたいなやつやろ。まあまじで雰囲気でしか言ってへんねんけど。

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    好きな映画のひとつ。これに出てくる中国人青年は今回の例によく当てはまります。

    中垣:笑 まあすごくセンシティブやけど、そういう認識の方が健全な気がするな。

    松田:あとはあれやね。この捉え方がいいのは、彼らと外形的には必ずしも同じ振る舞いしなくていいんだという点やね

    中垣:そうそう、別にしなくていいんよ。おれも実際にしていなかったし、そもそもの見た目も違うからね。

    松田:なんていうのかな…要は実家のソファに座っているような、ほんまの意味で泰然としたマインドでおるんであれば、どこに行っても大丈夫というか。

    中垣:そう、そうやんね。

    松田:もちろんそのマインドであればそうはならんでしょというか、そのマインドの欠如の証明となるような振る舞いも一定はある気がして、そういう意味では外形的な条件もまあなくはないと思うけどな。

    中垣:あとこれさ、オールドマネー的な話とも近いよね。

    松田:思う思う。

    中垣:正しい意味での保守、みたいな。

    松田:つまり…まあ難しいけど、例えば時計ならパテックでもスウォッチでも実はどちらでもいいんだけれど、でもウブロはだめみたいな。

    中垣:うんうん。

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    松田:そこで仮に中垣が派手な服装をしていたのだとすれば、それはウブロを着けていたのと同じことになるんやと思うねん。

    中垣:あ、でもめっちゃ分かる。それはほんまにそうやな。

    松田:そういうものでさえなければ、パリッとしたスーツでも、そのときの中垣みたいな格好でも、それはパテックかスウォッチかの違いなだけで、本質的な問題はないんやと思うな。

    中垣:そうやんな、そうやんね。

    松田:ただしスウォッチを着けていて、そのことを恥じていそうな雰囲気であればそれはそれであかんかったりする。これ難しいとこやねんけどな。

    中垣:そうやな、それはそうや。しかも実はウブロでも問題ないやつもいたりするんやんね。

    松田:まあ…原理的には否定できない、まずいないと思うけど。

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    中垣:だから変に気も使わない方がいいしね。自分は相手のことをリスペクトするし、相手にも自分のことをリスペクトしてもらうしみたいな。

    松田:そうやんね。求められるのはリスペクトをするし…自分がリスペクトされることも知っているっていう感じじゃないかな。より自分的にしっくりくる言葉で言うと、他人のことは脅かさないし、自分が脅かされることも知らないっていう感じ? そのことを一挙手一投足を通じて表現できていることが大事な気がする

    中垣:そのリスペクトするしされるしっていうことの実践、これ松田は昔からたぶん上手やん。

    松田:そんな気はする。

    中垣:わりとずっとそんな感じやと思うねん。でもこれは普通にいいことやと思うねん、場面次第で程度は変わるにしても、わりとみんなした方がいいと思う。

    松田:まあそうやんな。

    中垣:それを具体的にどうすればいいのってところまで言語化できればいいねんけど…でもそうなるとなかなか難しいよね。

    松田:うんうん。

    中垣:言ったらこれさ、『嫌われる勇気』とかと同じところがあるやん。結局おれは読んだことがないんよね、それは読む必要がないから。

    松田:はいはい。

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    中垣:でも逆に、読む必要があるやつは読んでも実践ができないんよね。もう全部そうやんか。

    松田:まあ確かにな…

    中垣:そこの糸口がより具体的な説明によって開かれるのであれば…いいなと思ってんけどな。まあちょっとすぐには難しいよな。

    2024年10月12日
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  • アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    中垣:別にそのための方法を模索しているとかではないねんけど…ニューヨークの右上、セントラルパークの東側のアッパー・イーストって呼ばれるエリアがあるねんな。

    松田:はいはい。

    中垣:フレンズとかゴシップガールとか、ああいう昔ながらのセレブリティが住むような、東京やと松濤とか城南五山みたいなとこやと思ってくれたらいいねんけど。

    松田:はいはい。

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    中垣:おれがそこを歩いてると道を譲ってもらわれへん…というか、狭い歩道でお互いが向かってきたとき、絶対に向こうはよけへんのよね

    松田:なるほどね。それ最終的には中垣が譲るんやんな、別に肩ぶつけにいったりはせんよな?

    フィジカル弱いくせにぶつけて揉めるアホ

    中垣:そうやね、おれはぶつけにいったりはしないね。

    松田:まあそう。

    中垣:…やってんけど、先週風邪が治った病み上がりでメトロポリタン美術館に行こうと思って。それでどういう服を着ようか考えてんけど、あまり元気がないからチャレンジしたい気持ちもなくて、それで普通にパーカーとジーパンみたいな、自分の美学が反映されている範囲で一番ノーマルな服装をしてたのね

    松田:はいはい。

    中垣:そしたらあいつら、めっちゃよけてくれるねん。まあよけてくれるっていう言い方もおかしいねんけど、でもみんな普通によけるねん。むしろ俺がよけへんくらいで、「あれこれなんでやろう」とか思って。

    松田:うんうん。

    中垣:あまりに病気でしんどそうみたいなんではないんよ、別に回復はしてるから。

    松田:はいはい。

    中垣:ここでちょっと思ったのが…もちろんサンプルが少ないから感覚的な話やねんけど、彼らが道を譲らないときに起こっていることって、別に人種差別ではないんじゃないかと思ってん

    松田:はいはい。

    中垣:要は彼らとしては、きっと人間たるものこうあるべきみたいな美学があるわけじゃないですか。それを実践できているかどうかの指標が明確にある感じがするというか、彼らとしてもそういうことで守ってきたエリアでもあるし。

    松田:なるほど。分かる、分かるで。

    中垣:そこで普段のおれが、いろんな色の服を着て「やったるわい」みたいな感じで歩いていたら、それは土足で踏み入られている気にもなるというかね。

    色多いときそういう気持ちやったのね…

    松田:そこで道を譲らないことによってね、彼らのアイデンティティが守られる部分もあるわけやしね。

    中垣:そうそう、それをなんか直感した。まずもう目線が違うねん、よけへんときっていかにも排斥的というか、異物を見るような目線なわけ。

    松田:うんうん。

    中垣:でもよけるときって「こんにちはいい天気ですね」みたいな感じなわけよ。いつもと違って自分には元気がなくて、言うたら慎ましやかながら最低限の美学は実践しているっていう、そのスタンスに向こうからしたら「そうそう」ってなるわけ

    松田:笑

    中垣:しかもわざわざ「そうそう」ってなるまでもなく、それを一瞬で見て判断してるんやろうなとか思って。なんかすごく納得してしまったよな。

    松田:まあそれにな、そういうこと自分も別にするしな。

    中垣:そう考えると妥当っちゃ妥当なのよね。彼らはずっとそこに住んでいて、自分たちの場所なわけで。ある意味すっきりはしたかな。

    松田:まあ…だいぶ適当な例やけど、東京ミッドタウンで地方のイオンみたいなやつが騒いでたら、そら蹴ろうみたいな気持ちにはなるやん。

    中垣:気持ちにはね笑

    松田:それで実際に蹴ったらあかんねんけど、でも心の中では蹴るやん。おれはそんな自分が嫌いじゃないし、今後の人生それでええと思ってるねん。そういう感じやんね。

    中垣:うん。だからこれさ、人種差別とは全然違うやん。

    松田:そうやんな、全然ちゃうよな。

    中垣:メンタリティとしては全然違うねんけど、そこを取り違えることって多そうというか、なんならほぼそうなんじゃないかくらいに思うよね。

    松田:あ、人種差別的なそれがね。

    中垣:そうそう。人種がどうというよりは…そこをホームにしている人たちの、自身の文化の蓄積に対する誇り、それは尊重しろよろいう目線が大きいような気がするねんな

    松田:郷に行っては郷に従えね。

    中垣:もちろん確かにそれだけではないねん、例えばじゃあ日本人がフランスに行ったときとタイに行ったときでは、レストランでの注文のしやすさが違うのはみんな感じることやと思うねん。

    松田:はいはい。

    中垣:ただいったんのところ単純化してしまうと、別にどんな人であってもさ、しゃんとしてピシッと服を着てたら、あんまそういうトラブルってなさそうやん。そういう適切なハリがあればさ。

    松田:分かるよ。ほんまにまじで1ミリも知らんけど、誇り高き華僑みたいなやつやろ。まあまじで雰囲気でしか言ってへんねんけど。

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    好きな映画のひとつ。これに出てくる中国人青年は今回の例によく当てはまります。

    中垣:笑 まあすごくセンシティブやけど、そういう認識の方が健全な気がするな。

    松田:あとはあれやね。この捉え方がいいのは、彼らと外形的には必ずしも同じ振る舞いしなくていいんだという点やね

    中垣:そうそう、別にしなくていいんよ。おれも実際にしていなかったし、そもそもの見た目も違うからね。

    松田:なんていうのかな…要は実家のソファに座っているような、ほんまの意味で泰然としたマインドでおるんであれば、どこに行っても大丈夫というか。

    中垣:そう、そうやんね。

    松田:もちろんそのマインドであればそうはならんでしょというか、そのマインドの欠如の証明となるような振る舞いも一定はある気がして、そういう意味では外形的な条件もまあなくはないと思うけどな。

    中垣:あとこれさ、オールドマネー的な話とも近いよね。

    松田:思う思う。

    中垣:正しい意味での保守、みたいな。

    松田:つまり…まあ難しいけど、例えば時計ならパテックでもスウォッチでも実はどちらでもいいんだけれど、でもウブロはだめみたいな。

    中垣:うんうん。

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    松田:そこで仮に中垣が派手な服装をしていたのだとすれば、それはウブロを着けていたのと同じことになるんやと思うねん。

    中垣:あ、でもめっちゃ分かる。それはほんまにそうやな。

    松田:そういうものでさえなければ、パリッとしたスーツでも、そのときの中垣みたいな格好でも、それはパテックかスウォッチかの違いなだけで、本質的な問題はないんやと思うな。

    中垣:そうやんな、そうやんね。

    松田:ただしスウォッチを着けていて、そのことを恥じていそうな雰囲気であればそれはそれであかんかったりする。これ難しいとこやねんけどな。

    中垣:そうやな、それはそうや。しかも実はウブロでも問題ないやつもいたりするんやんね。

    松田:まあ…原理的には否定できない、まずいないと思うけど。

    ウブロとかいう精度抜群の試金石

    中垣:だから変に気も使わない方がいいしね。自分は相手のことをリスペクトするし、相手にも自分のことをリスペクトしてもらうしみたいな。

    松田:そうやんね。求められるのはリスペクトをするし…自分がリスペクトされることも知っているっていう感じじゃないかな。より自分的にしっくりくる言葉で言うと、他人のことは脅かさないし、自分が脅かされることも知らないっていう感じ? そのことを一挙手一投足を通じて表現できていることが大事な気がする

    中垣:そのリスペクトするしされるしっていうことの実践、これ松田は昔からたぶん上手やん。

    松田:そんな気はする。

    中垣:わりとずっとそんな感じやと思うねん。でもこれは普通にいいことやと思うねん、場面次第で程度は変わるにしても、わりとみんなした方がいいと思う。

    松田:まあそうやんな。

    中垣:それを具体的にどうすればいいのってところまで言語化できればいいねんけど…でもそうなるとなかなか難しいよね。

    松田:うんうん。

    中垣:言ったらこれさ、『嫌われる勇気』とかと同じところがあるやん。結局おれは読んだことがないんよね、それは読む必要がないから。

    松田:はいはい。

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    岸見 一郎・古賀 史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社

    中垣:でも逆に、読む必要があるやつは読んでも実践ができないんよね。もう全部そうやんか。

    松田:まあ確かにな…

    中垣:そこの糸口がより具体的な説明によって開かれるのであれば…いいなと思ってんけどな。まあちょっとすぐには難しいよな。

    2024年10月12日
    Instagram Live

  • m-flo、ほんまに好きでよかった

    m-flo、ほんまに好きでよかった

    松田:ガッシュがええのはさ、なんかほんまにわけ分からんみたいなやつがいっぱいおんねん。

    中垣:そっか、普通にダイバーシティみたいな感じなんや。

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    雷句誠『金色のガッシュ!!完全版(1)』BIRGDIN BOARD Corp.

    松田:そう。なんやろうな…ラベルを超えた先にある、ほんまにクラスにいそうな感じの多様性やねん

    中垣:世界ってこうじゃん、みたいな。

    松田:そうそう。

    中垣:例えばさ、ボーボボとかブリーチってカオスなキャラいっぱいおるやん。ああいうのは好きなん?

    松田:まずな、機会の問題でそのどちらも知らんねん。ガッシュに関しては実家に全巻あったからそれで知っているだけで。

    中垣:はいはい。

    松田:し、別に自分が好きで買ったわけでもなくて、あったから読んだだけやねん。

    中垣:それも不思議やけどね。

    松田:祖父母が書店やってたから、ちょっと欲しいとか言ったら全巻投下されるみたいなんがあってん。それで弟が言ってうちにやってきたんかな。

    中垣:そうか、なんかそういう話あったな。

    松田:だからガッシュについてしか知らんねんけど…ガッシュって出てくるみんな怪物みたいな感じで、あいつらが人間とニコイチになって王様決定戦を地上でやってるって話やねん。

    中垣:あ、そうなんや。はいはい。

    松田:ほんでガッシュが最後まで勝ち抜いて王様になるって話やねんけど…ここで大事なのは、ガッシュはやさしい王様になって、みんなで仲良く暮らしたいねん。負けたやつは基本そこで終わりで身体もなくなるみたいなノリやったはずやねんけど、自分が王様になって負けたみんなも元に戻してあげたいねん。

    中垣:そういうことか、勝てばいいってだけではないんや。

    松田:そう。戦いながらみんなが仲間になってくれるし、ガッシュを信じて託してくれる感じやねん。ガッシュは勝つねんけど、敗者を圧倒して排除するのではないねん

    中垣:なるほどね。それでいうと松田はブリーチは好きじゃないと思うよ。おれもあんま好きじゃない、悪ノリがすぎるのよ。ボーボボは小学生みたいなことずっとしてるからいいねんけど。

    松田:なるほどね。

    祖母は当時、何度教えても『ボボボーボ・ボーボボ』が言えず困ってました

    中垣:やっぱり外部性がないというかさ、そこを通じて世界に繋がっていく感覚に乏しい作品やと思うな。ノリは悪くないねんけど、でもちょっとXっぽいかな。

    松田:それはちょっとあかんね、外を向いてるふりして内側しか見てへん感じね。

    中垣:そうやね。

    松田:あとガッシュな、最後にまじで救いがたく闇の側で、闇すぎてもはや光みたいなやつが敵として残っててんけど、そいつもちゃんと最後は元に戻してあげてたような気がする。

    中垣:なるほどね。でも松田が好きなものって実際松田が好きそうやし、それっていいよな。

    松田:あ、ほんまに?

    中垣:だってm-floも松田好きやん? 音楽としてというよりはグループとしてというか…PVの感じとか。

    松田:それはそうやな。

    中垣:それはやっぱり分かるもん。つまり松田が好きっていうのとおれが好きっていうのが重なるポイントがm-floなんよ。

    松田:なるほどね笑

    中垣:おれは音楽路線で好きやねんけど、きっと松田は世界観路線で好きやし、おれもあの真の意味でのインクルーシブさみたいなものに救われている部分はあるし

    松田:真の意味でのインクルーシブさ、それはまじであるな。

    Aと、それと背反なĀが存在する(ように見える)とき、AでもĀでもいいよねというスタンスはダメダメの1.5流、見せかけのインクルーシブです。
    AとĀとの分別は観念の上での虚構にすぎません。その境界が引かれる以前、対立の残滓さえ拭い去られた地平から立ち上がる無分別の存在を認められるか、これこそがinclusivityにとって最大の試練と言えるでしょう。

    中垣:そうそう。あとは彼らの生い立ちが特殊っていうのもあるし…てかおれXGがすごいって共有メモに書いてたやん?

    松田:あれほんますごかったね、おれこの一週間ずっと聴いてたもん。

    XG / YouTube

    中垣:分かる。おれも一週間ずっと聴いてるし、PVもずっと見てる。

    松田:おれも大きいモニターにほんまに見なあかんやつ映して、ラップトップのディスプレイにこっそりPV流してた。

    中垣:あれはやばいよな。もちろん音楽だけで言ったらすごい音楽なんていくらでもあるねんけどさ、総合的にというか、おれ的に一番しっくりきている表現で言うと…あれはいろんなものを浄化してると思ってん。

    松田:はいはい。一番最初のフェーズにおいてはさ、何かとの対立においてしか表現し得ないものってあるわけやん。そういうのを全部詰め込んで、かつ摩擦がない感じがすごくある

    中垣:あ、そうやな。それめっちゃしっくりくるな。そこに写っているどのピースも、この時代にああいう表現をすることで、全てが自然なものとして形になっているっていう

    松田:うんうん。

    中垣:金字塔じゃない、あれまじで。

    松田:あのPVさ、ずっと「普通ですけど」みたいな感じやん?

    中垣:そう、でもあれおかしいよね。ずっとおかしいねん笑

    松田:あれがいいねんな。

    中垣:あれ絶対AIめっちゃ使ってるやん、でもそれがいやらしくもなくてさ。だからちょっと…2024年まで生きていてよかったって、ああいうの見ると思うよね。

    松田:いやほんまに。

    中垣:実家帰ったらおじいちゃんとかおばあちゃんに見せてあげようかな。絶対分からへんと思うねんけど、でもあなたはこういうのが生まれる時代まで生きたんだよって伝えたい。

    鬼じゃん

    松田:いや、あれはすごい好きやったな。

    中垣:他にもあれはいろんなレイヤーですごくてさ、例えば…まあ松田の方が楽しめる部分もあると思うねん。

    松田:はいはい。

    中垣:あれはもうひとつの見方としては、日本-韓国-アメリカの文化のバトンという側面があるわけ。日本-アメリカというインタラクションを通じて積み上げられた文化は既にあって、韓国とアメリカとの間でもそれはあるわけですよ。

    松田:なるほどな。

    中垣:BTSとかBLACKPINKとかね。ただ残念なことに日韓の文化はさ、アメリカとかヨーロッパを経由しないとインタラクトできない部分があったりするわけやんか。

    松田:まあ言いたいことは分かる。事実がどうかは知らんが、日米韓やと軍事演習できるけど日韓やとなんかちょっとちゃう感じになるみたいな。

    中垣:あ、そうそう笑

    松田:事実がどうかは知らんで。

    今日のレトリック
    「事実がどうかは知らんが」

    中垣:…みたいな中で、m-floというグループいるわけやん。VERBALは韓国人やし、LISAはコロンビアにルーツがあって、☆Taku Takahashiは日本人で、3人ともアメリカンスクールで出会ってて。

    松田:はいはい。

    中垣:てかVERBALって結構エリートなんやんね。日経新聞のインタビュー読んだことある?

    松田:ないわ。

    日本経済新聞

    VERBAL なぜ米エリート証券マンからラッパーに? – 日本経済新聞

    中垣:読んでみてほしい、なんか結構すごかった。VERBALってアメリカの大学出て現地で就職して、しばらく証券会社で働いてるねん。

    松田:ばりおもろいやん。 

    中垣:なんか普通にエリートやねん。ただラップも好きやからって感じで。で…m-floってすごいグループやんか。絶対にそのポジションからはブレないというか、J-POPっちゃJ-POPやねんけど、でもずっとm-floであり続けてさ。

    松田:うんうん。

    中垣:きっとメンバー全員どこかでアイデンティティクライシスがあっただろうし。それで…the Love Bugって曲があるやん、あれなんかはfeaturing BoAやからね。

    松田:うんうん。

    中垣:もちろん韓国にルーツのある人が日本の芸能界で活躍するみたいなのは昔からあったわけやけどさ、韓国の人が韓国人として日本でデビューするみたいな例はBoAとかくらいからやん。

    松田:はいはい。

    中垣:そもそも今のK-POPを見れば分かるけど、韓国とアメリカって独特の結びつきがあって、ヒップホップ文化は韓国の方が圧倒的に進んでたっぽいねんな。だからVERBALは結構難しいはずやねん、実は韓国でやった方が評価されやすい音楽を日本でやってたみたいな。

    松田:はいはい。

    中垣:その3つの国の間に立っているような感覚がすごく強かったであろう中で、それでも日本でやって、BoAをフックアップして…それでthe Love Bugの歌詞を見てみるとさ、サタデイにライミングする形でサランへって言ってるねん。これをやってるのは絶対にBoAやからなんよね。

    松田:なるほどね。

    中垣:その辺をどの程度に見せるかっていう、それはすごく難しかったんじゃないかと思うねんな。だって今ならまだ話はちゃうけどさ、20年前でしょ。そこで我慢した部分もあったんじゃないかな。

    松田:まあまあ。

    中垣:そういう文脈があって、ようやくBTSとかBLACKPINKみたいに突き抜けた王道の存在が出てきて、その結果NewJeansみたいなものも変化球として出せるようになるわけやん。

    松田:うんうん。

    中垣:そのNewJeansが採用した音楽っていうのが、USヒップホップではなくてUKのクラブサウンドなわけやん。2stepとかgarageとか。

    松田:うんうん。

    中垣:そこで「おやおやそれは20年前の日本でやってたやつがいるんだぜ」ってなって、それがm-floなわけやん。で…XGっていうグループはちょっと特殊やねん。メンバーは日本人やねんけどプロデュースの体制は韓国のそれなんじゃないかな、だってあのクオリティってちょっと異様やし。

    松田:なるほど。

    中垣:そこでm-floの曲をサンプリングするっていうのは、単純にいい曲だからってサンプリングする以上の意味があるわけよ。

    松田:なるほど。

    タタタラタラタッタ〜🎵

    中垣:要は全員が手を繋いでんのよね、泣けるよね。

    松田:ひとつの達成やね。

    中垣:そうなんよ、ほんまに。文化ってこうだよなって。UK garageと2stepの影響を受けて☆Taku Takahashiが曲を作って、そこにアメリカの影響を受けたVERBALがラップをのせて、そのバトンをXGのためにずっとそこで握っててん

    松田:はいはい。

    中垣:それで、やっと韓国でBTSとかBLACKPINKが出てきて、NewJeansも出てきて、その影響を受けて日本でも韓国のやり方でアイドルをプロデュースしようって流れがあってXGが出てきて…そのXGが採用したサウンドがm-floのサンプリングやったわけ。

    松田:おお、すごい。

    中垣:そういうコンテクストがあって、そこにのっている曲もPVもあのクオリティって、もう敵わないよね。東アジア音楽の金字塔じゃない?

    松田:うん。

    中垣:一人の天才による何かとは別のものとして、いろんな人が関わりあって生まれたものとして、共同で作る何かとしてね。

    松田:なるほど。

    中垣:まあm-floはね、ちょっと早すぎたんやろうなとは思う。もうちょっとあくがあった方がいい時代に、あそこまで達観したものを出すっていうのはね。

    松田:おれがm-floの音楽について分からんなりに分かるのがさ、あまりに風通しがいいというか、カラッとしてるのよね。それは聴けば分かるな。

    中垣:してるしてる。それはいろんなところに現れていてさ、例えば☆Taku Takahashiの作るサウンドの躊躇のなさとかね。あれはほんまに彼がそのときどきではまっている音楽をやってるだけって感じやから。だから初期の2step以降はおれはあんまり聴かへんねんけど。

    松田:なるほど。

    中垣:あとはフィーチャリングする相手、m-floの場合はlovesって言うけど、いい意味で見境がないんよね。だって和田あきこもやってるくらいやし…これもきっと意味があるんやって。

    ――結成4年の02年になぜLISAさんが脱退したのですか。

    「m‐floがデビューした直後から曲がヒットしたのですぐに仕事で忙しくなってしまいました。僕らも結構、頑張ったと思いますが、どうしてもストレスがたまると互いにピリピリしてくる。それにLISAは以前からソロ活動に専念したいという強い気持ちがあったようです。『脱退したい』と突然、LISAから告げられたときは、僕からすると、やや唐突でショックを受けました。せっかくm‐floとして売れていて、色々なことができるのにもったいないなというのが正直な気持ちでしたが、『本人が脱退したいと言っているのだから仕方がないか』と最終的に判断しました」

    「ただ困ったのがボーカルです。そこで固定ボーカルは置かずに、毎回異なるゲストボーカルを迎えて曲を作るという『Lovesプロジェクト』を始めてみることにしたんです。これは米人気歌手のファレル・ウィリアムスさんが率いるプロデューサー・ユニット『N.E.R.D』のようなフィーチャリング(客演)文化が根付いている米国のモデルをベースにした発想です。これまで坂本龍一さん、和田アキ子さん、Charaさん、BoAさんら40以上のアーティストとコラボしてきました」

    日本経済新聞

    m‐flo、15年ぶり完全復活 VERBALが語る絆 – 日本経済新聞

    松田:うんうん。

    脱退後のLISAと一緒にヒモとして世界一周旅行に行った(と言って憚らない)知り合いがおる顔

    中垣:もう全員とやってるし、それをlovesって言ってるのも素敵やん。もちろんBoAもやるし、Crystal Kayみたいなこれから出てくるR&B歌手もフックアップするし、遡ればDev Largeともやってるし。

    松田:うん。

    中垣:もうあらゆるジャンル、年齢、性別、ルーツのアーティストがm-floには登場するねん

    松田:ええやん。

    中垣:まあその見境のなさが自分はm-floのファンですと言いにくくしているところもあってん、好きな曲もそうじゃない曲もあるから。でも今はむしろそれがええんかなって思ってる。

    松田:うん、めっちゃええやん。

    中垣:m-floはまじですごい。ほんまに好きでよかった。

    松田:今回のタイトル、それで決まりやな。

    2024年10月26日
    Instagram Live

  • m-flo、ほんまに好きでよかった

    m-flo、ほんまに好きでよかった

    松田:ガッシュがええのはさ、なんかほんまにわけ分からんみたいなやつがいっぱいおんねん。

    中垣:そっか、普通にダイバーシティみたいな感じなんや。

    Amazon.co.jp

    雷句誠『金色のガッシュ!!完全版(1)』BIRGDIN BOARD Corp.

    松田:そう。なんやろうな…ラベルを超えた先にある、ほんまにクラスにいそうな感じの多様性やねん

    中垣:世界ってこうじゃん、みたいな。

    松田:そうそう。

    中垣:例えばさ、ボーボボとかブリーチってカオスなキャラいっぱいおるやん。ああいうのは好きなん?

    松田:まずな、機会の問題でそのどちらも知らんねん。ガッシュに関しては実家に全巻あったからそれで知っているだけで。

    中垣:はいはい。

    松田:し、別に自分が好きで買ったわけでもなくて、あったから読んだだけやねん。

    中垣:それも不思議やけどね。

    松田:祖父母が書店やってたから、ちょっと欲しいとか言ったら全巻投下されるみたいなんがあってん。それで弟が言ってうちにやってきたんかな。

    中垣:そうか、なんかそういう話あったな。

    松田:だからガッシュについてしか知らんねんけど…ガッシュって出てくるみんな怪物みたいな感じで、あいつらが人間とニコイチになって王様決定戦を地上でやってるって話やねん。

    中垣:あ、そうなんや。はいはい。

    松田:ほんでガッシュが最後まで勝ち抜いて王様になるって話やねんけど…ここで大事なのは、ガッシュはやさしい王様になって、みんなで仲良く暮らしたいねん。負けたやつは基本そこで終わりで身体もなくなるみたいなノリやったはずやねんけど、自分が王様になって負けたみんなも元に戻してあげたいねん。

    中垣:そういうことか、勝てばいいってだけではないんや。

    松田:そう。戦いながらみんなが仲間になってくれるし、ガッシュを信じて託してくれる感じやねん。ガッシュは勝つねんけど、敗者を圧倒して排除するのではないねん

    中垣:なるほどね。それでいうと松田はブリーチは好きじゃないと思うよ。おれもあんま好きじゃない、悪ノリがすぎるのよ。ボーボボは小学生みたいなことずっとしてるからいいねんけど。

    松田:なるほどね。

    祖母は当時、何度教えても『ボボボーボ・ボーボボ』が言えず困ってました

    中垣:やっぱり外部性がないというかさ、そこを通じて世界に繋がっていく感覚に乏しい作品やと思うな。ノリは悪くないねんけど、でもちょっとXっぽいかな。

    松田:それはちょっとあかんね、外を向いてるふりして内側しか見てへん感じね。

    中垣:そうやね。

    松田:あとガッシュな、最後にまじで救いがたく闇の側で、闇すぎてもはや光みたいなやつが敵として残っててんけど、そいつもちゃんと最後は元に戻してあげてたような気がする。

    中垣:なるほどね。でも松田が好きなものって実際松田が好きそうやし、それっていいよな。

    松田:あ、ほんまに?

    中垣:だってm-floも松田好きやん? 音楽としてというよりはグループとしてというか…PVの感じとか。

    松田:それはそうやな。

    中垣:それはやっぱり分かるもん。つまり松田が好きっていうのとおれが好きっていうのが重なるポイントがm-floなんよ。

    松田:なるほどね笑

    中垣:おれは音楽路線で好きやねんけど、きっと松田は世界観路線で好きやし、おれもあの真の意味でのインクルーシブさみたいなものに救われている部分はあるし

    松田:真の意味でのインクルーシブさ、それはまじであるな。

    Aと、それと背反なĀが存在する(ように見える)とき、AでもĀでもいいよねというスタンスはダメダメの1.5流、見せかけのインクルーシブです。
    AとĀとの分別は観念の上での虚構にすぎません。その境界が引かれる以前、対立の残滓さえ拭い去られた地平から立ち上がる無分別の存在を認められるか、これこそがinclusivityにとって最大の試練と言えるでしょう。

    中垣:そうそう。あとは彼らの生い立ちが特殊っていうのもあるし…てかおれXGがすごいって共有メモに書いてたやん?

    松田:あれほんますごかったね、おれこの一週間ずっと聴いてたもん。

    XG / YouTube

    中垣:分かる。おれも一週間ずっと聴いてるし、PVもずっと見てる。

    松田:おれも大きいモニターにほんまに見なあかんやつ映して、ラップトップのディスプレイにこっそりPV流してた。

    中垣:あれはやばいよな。もちろん音楽だけで言ったらすごい音楽なんていくらでもあるねんけどさ、総合的にというか、おれ的に一番しっくりきている表現で言うと…あれはいろんなものを浄化してると思ってん。

    松田:はいはい。一番最初のフェーズにおいてはさ、何かとの対立においてしか表現し得ないものってあるわけやん。そういうのを全部詰め込んで、かつ摩擦がない感じがすごくある

    中垣:あ、そうやな。それめっちゃしっくりくるな。そこに写っているどのピースも、この時代にああいう表現をすることで、全てが自然なものとして形になっているっていう

    松田:うんうん。

    中垣:金字塔じゃない、あれまじで。

    松田:あのPVさ、ずっと「普通ですけど」みたいな感じやん?

    中垣:そう、でもあれおかしいよね。ずっとおかしいねん笑

    松田:あれがいいねんな。

    中垣:あれ絶対AIめっちゃ使ってるやん、でもそれがいやらしくもなくてさ。だからちょっと…2024年まで生きていてよかったって、ああいうの見ると思うよね。

    松田:いやほんまに。

    中垣:実家帰ったらおじいちゃんとかおばあちゃんに見せてあげようかな。絶対分からへんと思うねんけど、でもあなたはこういうのが生まれる時代まで生きたんだよって伝えたい。

    鬼じゃん

    松田:いや、あれはすごい好きやったな。

    中垣:他にもあれはいろんなレイヤーですごくてさ、例えば…まあ松田の方が楽しめる部分もあると思うねん。

    松田:はいはい。

    中垣:あれはもうひとつの見方としては、日本-韓国-アメリカの文化のバトンという側面があるわけ。日本-アメリカというインタラクションを通じて積み上げられた文化は既にあって、韓国とアメリカとの間でもそれはあるわけですよ。

    松田:なるほどな。

    中垣:BTSとかBLACKPINKとかね。ただ残念なことに日韓の文化はさ、アメリカとかヨーロッパを経由しないとインタラクトできない部分があったりするわけやんか。

    松田:まあ言いたいことは分かる。事実がどうかは知らんが、日米韓やと軍事演習できるけど日韓やとなんかちょっとちゃう感じになるみたいな。

    中垣:あ、そうそう笑

    松田:事実がどうかは知らんで。

    今日のレトリック
    「事実がどうかは知らんが」

    中垣:…みたいな中で、m-floというグループいるわけやん。VERBALは韓国人やし、LISAはコロンビアにルーツがあって、☆Taku Takahashiは日本人で、3人ともアメリカンスクールで出会ってて。

    松田:はいはい。

    中垣:てかVERBALって結構エリートなんやんね。日経新聞のインタビュー読んだことある?

    松田:ないわ。

    日本経済新聞

    VERBAL なぜ米エリート証券マンからラッパーに? – 日本経済新聞

    中垣:読んでみてほしい、なんか結構すごかった。VERBALってアメリカの大学出て現地で就職して、しばらく証券会社で働いてるねん。

    松田:ばりおもろいやん。 

    中垣:なんか普通にエリートやねん。ただラップも好きやからって感じで。で…m-floってすごいグループやんか。絶対にそのポジションからはブレないというか、J-POPっちゃJ-POPやねんけど、でもずっとm-floであり続けてさ。

    松田:うんうん。

    中垣:きっとメンバー全員どこかでアイデンティティクライシスがあっただろうし。それで…the Love Bugって曲があるやん、あれなんかはfeaturing BoAやからね。

    松田:うんうん。

    中垣:もちろん韓国にルーツのある人が日本の芸能界で活躍するみたいなのは昔からあったわけやけどさ、韓国の人が韓国人として日本でデビューするみたいな例はBoAとかくらいからやん。

    松田:はいはい。

    中垣:そもそも今のK-POPを見れば分かるけど、韓国とアメリカって独特の結びつきがあって、ヒップホップ文化は韓国の方が圧倒的に進んでたっぽいねんな。だからVERBALは結構難しいはずやねん、実は韓国でやった方が評価されやすい音楽を日本でやってたみたいな。

    松田:はいはい。

    中垣:その3つの国の間に立っているような感覚がすごく強かったであろう中で、それでも日本でやって、BoAをフックアップして…それでthe Love Bugの歌詞を見てみるとさ、サタデイにライミングする形でサランへって言ってるねん。これをやってるのは絶対にBoAやからなんよね。

    松田:なるほどね。

    中垣:その辺をどの程度に見せるかっていう、それはすごく難しかったんじゃないかと思うねんな。だって今ならまだ話はちゃうけどさ、20年前でしょ。そこで我慢した部分もあったんじゃないかな。

    松田:まあまあ。

    中垣:そういう文脈があって、ようやくBTSとかBLACKPINKみたいに突き抜けた王道の存在が出てきて、その結果NewJeansみたいなものも変化球として出せるようになるわけやん。

    松田:うんうん。

    中垣:そのNewJeansが採用した音楽っていうのが、USヒップホップではなくてUKのクラブサウンドなわけやん。2stepとかgarageとか。

    松田:うんうん。

    中垣:そこで「おやおやそれは20年前の日本でやってたやつがいるんだぜ」ってなって、それがm-floなわけやん。で…XGっていうグループはちょっと特殊やねん。メンバーは日本人やねんけどプロデュースの体制は韓国のそれなんじゃないかな、だってあのクオリティってちょっと異様やし。

    松田:なるほど。

    中垣:そこでm-floの曲をサンプリングするっていうのは、単純にいい曲だからってサンプリングする以上の意味があるわけよ。

    松田:なるほど。

    タタタラタラタッタ〜🎵

    中垣:要は全員が手を繋いでんのよね、泣けるよね。

    松田:ひとつの達成やね。

    中垣:そうなんよ、ほんまに。文化ってこうだよなって。UK garageと2stepの影響を受けて☆Taku Takahashiが曲を作って、そこにアメリカの影響を受けたVERBALがラップをのせて、そのバトンをXGのためにずっとそこで握っててん

    松田:はいはい。

    中垣:それで、やっと韓国でBTSとかBLACKPINKが出てきて、NewJeansも出てきて、その影響を受けて日本でも韓国のやり方でアイドルをプロデュースしようって流れがあってXGが出てきて…そのXGが採用したサウンドがm-floのサンプリングやったわけ。

    松田:おお、すごい。

    中垣:そういうコンテクストがあって、そこにのっている曲もPVもあのクオリティって、もう敵わないよね。東アジア音楽の金字塔じゃない?

    松田:うん。

    中垣:一人の天才による何かとは別のものとして、いろんな人が関わりあって生まれたものとして、共同で作る何かとしてね。

    松田:なるほど。

    中垣:まあm-floはね、ちょっと早すぎたんやろうなとは思う。もうちょっとあくがあった方がいい時代に、あそこまで達観したものを出すっていうのはね。

    松田:おれがm-floの音楽について分からんなりに分かるのがさ、あまりに風通しがいいというか、カラッとしてるのよね。それは聴けば分かるな。

    中垣:してるしてる。それはいろんなところに現れていてさ、例えば☆Taku Takahashiの作るサウンドの躊躇のなさとかね。あれはほんまに彼がそのときどきではまっている音楽をやってるだけって感じやから。だから初期の2step以降はおれはあんまり聴かへんねんけど。

    松田:なるほど。

    中垣:あとはフィーチャリングする相手、m-floの場合はlovesって言うけど、いい意味で見境がないんよね。だって和田あきこもやってるくらいやし…これもきっと意味があるんやって。

    ――結成4年の02年になぜLISAさんが脱退したのですか。

    「m‐floがデビューした直後から曲がヒットしたのですぐに仕事で忙しくなってしまいました。僕らも結構、頑張ったと思いますが、どうしてもストレスがたまると互いにピリピリしてくる。それにLISAは以前からソロ活動に専念したいという強い気持ちがあったようです。『脱退したい』と突然、LISAから告げられたときは、僕からすると、やや唐突でショックを受けました。せっかくm‐floとして売れていて、色々なことができるのにもったいないなというのが正直な気持ちでしたが、『本人が脱退したいと言っているのだから仕方がないか』と最終的に判断しました」

    「ただ困ったのがボーカルです。そこで固定ボーカルは置かずに、毎回異なるゲストボーカルを迎えて曲を作るという『Lovesプロジェクト』を始めてみることにしたんです。これは米人気歌手のファレル・ウィリアムスさんが率いるプロデューサー・ユニット『N.E.R.D』のようなフィーチャリング(客演)文化が根付いている米国のモデルをベースにした発想です。これまで坂本龍一さん、和田アキ子さん、Charaさん、BoAさんら40以上のアーティストとコラボしてきました」

    日本経済新聞

    m‐flo、15年ぶり完全復活 VERBALが語る絆 – 日本経済新聞

    松田:うんうん。

    脱退後のLISAと一緒にヒモとして世界一周旅行に行った(と言って憚らない)知り合いがおる顔

    中垣:もう全員とやってるし、それをlovesって言ってるのも素敵やん。もちろんBoAもやるし、Crystal Kayみたいなこれから出てくるR&B歌手もフックアップするし、遡ればDev Largeともやってるし。

    松田:うん。

    中垣:もうあらゆるジャンル、年齢、性別、ルーツのアーティストがm-floには登場するねん

    松田:ええやん。

    中垣:まあその見境のなさが自分はm-floのファンですと言いにくくしているところもあってん、好きな曲もそうじゃない曲もあるから。でも今はむしろそれがええんかなって思ってる。

    松田:うん、めっちゃええやん。

    中垣:m-floはまじですごい。ほんまに好きでよかった。

    松田:今回のタイトル、それで決まりやな。

    2024年10月26日
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