トピック: ファッション

  • アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    中垣:別にそのための方法を模索しているとかではないねんけど…ニューヨークの右上、セントラルパークの東側のアッパー・イーストって呼ばれるエリアがあるねんな。

    松田:はいはい。

    中垣:フレンズとかゴシップガールとか、ああいう昔ながらのセレブリティが住むような、東京やと松濤とか城南五山みたいなとこやと思ってくれたらいいねんけど。

    松田:はいはい。

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    中垣:おれがそこを歩いてると道を譲ってもらわれへん…というか、狭い歩道でお互いが向かってきたとき、絶対に向こうはよけへんのよね

    松田:なるほどね。それ最終的には中垣が譲るんやんな、別に肩ぶつけにいったりはせんよな?

    フィジカル弱いくせにぶつけて揉めるアホ

    中垣:そうやね、おれはぶつけにいったりはしないね。

    松田:まあそう。

    中垣:…やってんけど、先週風邪が治った病み上がりでメトロポリタン美術館に行こうと思って。それでどういう服を着ようか考えてんけど、あまり元気がないからチャレンジしたい気持ちもなくて、それで普通にパーカーとジーパンみたいな、自分の美学が反映されている範囲で一番ノーマルな服装をしてたのね

    松田:はいはい。

    中垣:そしたらあいつら、めっちゃよけてくれるねん。まあよけてくれるっていう言い方もおかしいねんけど、でもみんな普通によけるねん。むしろ俺がよけへんくらいで、「あれこれなんでやろう」とか思って。

    松田:うんうん。

    中垣:あまりに病気でしんどそうみたいなんではないんよ、別に回復はしてるから。

    松田:はいはい。

    中垣:ここでちょっと思ったのが…もちろんサンプルが少ないから感覚的な話やねんけど、彼らが道を譲らないときに起こっていることって、別に人種差別ではないんじゃないかと思ってん

    松田:はいはい。

    中垣:要は彼らとしては、きっと人間たるものこうあるべきみたいな美学があるわけじゃないですか。それを実践できているかどうかの指標が明確にある感じがするというか、彼らとしてもそういうことで守ってきたエリアでもあるし。

    松田:なるほど。分かる、分かるで。

    中垣:そこで普段のおれが、いろんな色の服を着て「やったるわい」みたいな感じで歩いていたら、それは土足で踏み入られている気にもなるというかね。

    色多いときそういう気持ちやったのね…

    松田:そこで道を譲らないことによってね、彼らのアイデンティティが守られる部分もあるわけやしね。

    中垣:そうそう、それをなんか直感した。まずもう目線が違うねん、よけへんときっていかにも排斥的というか、異物を見るような目線なわけ。

    松田:うんうん。

    中垣:でもよけるときって「こんにちはいい天気ですね」みたいな感じなわけよ。いつもと違って自分には元気がなくて、言うたら慎ましやかながら最低限の美学は実践しているっていう、そのスタンスに向こうからしたら「そうそう」ってなるわけ

    松田:笑

    中垣:しかもわざわざ「そうそう」ってなるまでもなく、それを一瞬で見て判断してるんやろうなとか思って。なんかすごく納得してしまったよな。

    松田:まあそれにな、そういうこと自分も別にするしな。

    中垣:そう考えると妥当っちゃ妥当なのよね。彼らはずっとそこに住んでいて、自分たちの場所なわけで。ある意味すっきりはしたかな。

    松田:まあ…だいぶ適当な例やけど、東京ミッドタウンで地方のイオンみたいなやつが騒いでたら、そら蹴ろうみたいな気持ちにはなるやん。

    中垣:気持ちにはね笑

    松田:それで実際に蹴ったらあかんねんけど、でも心の中では蹴るやん。おれはそんな自分が嫌いじゃないし、今後の人生それでええと思ってるねん。そういう感じやんね。

    中垣:うん。だからこれさ、人種差別とは全然違うやん。

    松田:そうやんな、全然ちゃうよな。

    中垣:メンタリティとしては全然違うねんけど、そこを取り違えることって多そうというか、なんならほぼそうなんじゃないかくらいに思うよね。

    松田:あ、人種差別的なそれがね。

    中垣:そうそう。人種がどうというよりは…そこをホームにしている人たちの、自身の文化の蓄積に対する誇り、それは尊重しろよろいう目線が大きいような気がするねんな

    松田:郷に行っては郷に従えね。

    中垣:もちろん確かにそれだけではないねん、例えばじゃあ日本人がフランスに行ったときとタイに行ったときでは、レストランでの注文のしやすさが違うのはみんな感じることやと思うねん。

    松田:はいはい。

    中垣:ただいったんのところ単純化してしまうと、別にどんな人であってもさ、しゃんとしてピシッと服を着てたら、あんまそういうトラブルってなさそうやん。そういう適切なハリがあればさ。

    松田:分かるよ。ほんまにまじで1ミリも知らんけど、誇り高き華僑みたいなやつやろ。まあまじで雰囲気でしか言ってへんねんけど。

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    好きな映画のひとつ。これに出てくる中国人青年は今回の例によく当てはまります。

    中垣:笑 まあすごくセンシティブやけど、そういう認識の方が健全な気がするな。

    松田:あとはあれやね。この捉え方がいいのは、彼らと外形的には必ずしも同じ振る舞いしなくていいんだという点やね

    中垣:そうそう、別にしなくていいんよ。おれも実際にしていなかったし、そもそもの見た目も違うからね。

    松田:なんていうのかな…要は実家のソファに座っているような、ほんまの意味で泰然としたマインドでおるんであれば、どこに行っても大丈夫というか。

    中垣:そう、そうやんね。

    松田:もちろんそのマインドであればそうはならんでしょというか、そのマインドの欠如の証明となるような振る舞いも一定はある気がして、そういう意味では外形的な条件もまあなくはないと思うけどな。

    中垣:あとこれさ、オールドマネー的な話とも近いよね。

    松田:思う思う。

    中垣:正しい意味での保守、みたいな。

    松田:つまり…まあ難しいけど、例えば時計ならパテックでもスウォッチでも実はどちらでもいいんだけれど、でもウブロはだめみたいな。

    中垣:うんうん。

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    いま買える中ならこれが好きだし、買った

    松田:そこで仮に中垣が派手な服装をしていたのだとすれば、それはウブロを着けていたのと同じことになるんやと思うねん。

    中垣:あ、でもめっちゃ分かる。それはほんまにそうやな。

    松田:そういうものでさえなければ、パリッとしたスーツでも、そのときの中垣みたいな格好でも、それはパテックかスウォッチかの違いなだけで、本質的な問題はないんやと思うな。

    中垣:そうやんな、そうやんね。

    松田:ただしスウォッチを着けていて、そのことを恥じていそうな雰囲気であればそれはそれであかんかったりする。これ難しいとこやねんけどな。

    中垣:そうやな、それはそうや。しかも実はウブロでも問題ないやつもいたりするんやんね。

    松田:まあ…原理的には否定できない、まずいないと思うけど。

    ウブロとかいう精度抜群の試金石

    中垣:だから変に気も使わない方がいいしね。自分は相手のことをリスペクトするし、相手にも自分のことをリスペクトしてもらうしみたいな。

    松田:そうやんね。求められるのはリスペクトをするし…自分がリスペクトされることも知っているっていう感じじゃないかな。より自分的にしっくりくる言葉で言うと、他人のことは脅かさないし、自分が脅かされることも知らないっていう感じ? そのことを一挙手一投足を通じて表現できていることが大事な気がする

    中垣:そのリスペクトするしされるしっていうことの実践、これ松田は昔からたぶん上手やん。

    松田:そんな気はする。

    中垣:わりとずっとそんな感じやと思うねん。でもこれは普通にいいことやと思うねん、場面次第で程度は変わるにしても、わりとみんなした方がいいと思う。

    松田:まあそうやんな。

    中垣:それを具体的にどうすればいいのってところまで言語化できればいいねんけど…でもそうなるとなかなか難しいよね。

    松田:うんうん。

    中垣:言ったらこれさ、『嫌われる勇気』とかと同じところがあるやん。結局おれは読んだことがないんよね、それは読む必要がないから。

    松田:はいはい。

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    岸見 一郎・古賀 史健『嫌われる勇気』ダイヤモンド社

    中垣:でも逆に、読む必要があるやつは読んでも実践ができないんよね。もう全部そうやんか。

    松田:まあ確かにな…

    中垣:そこの糸口がより具体的な説明によって開かれるのであれば…いいなと思ってんけどな。まあちょっとすぐには難しいよな。

    2024年10月12日
    Instagram Live

  • アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    アッパー・イーストでアングロサクソンに道を譲らせる方法

    中垣:別にそのための方法を模索しているとかではないねんけど…ニューヨークの右上、セントラルパークの東側のアッパー・イーストって呼ばれるエリアがあるねんな。

    松田:はいはい。

    中垣:フレンズとかゴシップガールとか、ああいう昔ながらのセレブリティが住むような、東京やと松濤とか城南五山みたいなとこやと思ってくれたらいいねんけど。

    松田:はいはい。

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    中垣:おれがそこを歩いてると道を譲ってもらわれへん…というか、狭い歩道でお互いが向かってきたとき、絶対に向こうはよけへんのよね

    松田:なるほどね。それ最終的には中垣が譲るんやんな、別に肩ぶつけにいったりはせんよな?

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    中垣:そうやね、おれはぶつけにいったりはしないね。

    松田:まあそう。

    中垣:…やってんけど、先週風邪が治った病み上がりでメトロポリタン美術館に行こうと思って。それでどういう服を着ようか考えてんけど、あまり元気がないからチャレンジしたい気持ちもなくて、それで普通にパーカーとジーパンみたいな、自分の美学が反映されている範囲で一番ノーマルな服装をしてたのね

    松田:はいはい。

    中垣:そしたらあいつら、めっちゃよけてくれるねん。まあよけてくれるっていう言い方もおかしいねんけど、でもみんな普通によけるねん。むしろ俺がよけへんくらいで、「あれこれなんでやろう」とか思って。

    松田:うんうん。

    中垣:あまりに病気でしんどそうみたいなんではないんよ、別に回復はしてるから。

    松田:はいはい。

    中垣:ここでちょっと思ったのが…もちろんサンプルが少ないから感覚的な話やねんけど、彼らが道を譲らないときに起こっていることって、別に人種差別ではないんじゃないかと思ってん

    松田:はいはい。

    中垣:要は彼らとしては、きっと人間たるものこうあるべきみたいな美学があるわけじゃないですか。それを実践できているかどうかの指標が明確にある感じがするというか、彼らとしてもそういうことで守ってきたエリアでもあるし。

    松田:なるほど。分かる、分かるで。

    中垣:そこで普段のおれが、いろんな色の服を着て「やったるわい」みたいな感じで歩いていたら、それは土足で踏み入られている気にもなるというかね。

    色多いときそういう気持ちやったのね…

    松田:そこで道を譲らないことによってね、彼らのアイデンティティが守られる部分もあるわけやしね。

    中垣:そうそう、それをなんか直感した。まずもう目線が違うねん、よけへんときっていかにも排斥的というか、異物を見るような目線なわけ。

    松田:うんうん。

    中垣:でもよけるときって「こんにちはいい天気ですね」みたいな感じなわけよ。いつもと違って自分には元気がなくて、言うたら慎ましやかながら最低限の美学は実践しているっていう、そのスタンスに向こうからしたら「そうそう」ってなるわけ

    松田:笑

    中垣:しかもわざわざ「そうそう」ってなるまでもなく、それを一瞬で見て判断してるんやろうなとか思って。なんかすごく納得してしまったよな。

    松田:まあそれにな、そういうこと自分も別にするしな。

    中垣:そう考えると妥当っちゃ妥当なのよね。彼らはずっとそこに住んでいて、自分たちの場所なわけで。ある意味すっきりはしたかな。

    松田:まあ…だいぶ適当な例やけど、東京ミッドタウンで地方のイオンみたいなやつが騒いでたら、そら蹴ろうみたいな気持ちにはなるやん。

    中垣:気持ちにはね笑

    松田:それで実際に蹴ったらあかんねんけど、でも心の中では蹴るやん。おれはそんな自分が嫌いじゃないし、今後の人生それでええと思ってるねん。そういう感じやんね。

    中垣:うん。だからこれさ、人種差別とは全然違うやん。

    松田:そうやんな、全然ちゃうよな。

    中垣:メンタリティとしては全然違うねんけど、そこを取り違えることって多そうというか、なんならほぼそうなんじゃないかくらいに思うよね。

    松田:あ、人種差別的なそれがね。

    中垣:そうそう。人種がどうというよりは…そこをホームにしている人たちの、自身の文化の蓄積に対する誇り、それは尊重しろよろいう目線が大きいような気がするねんな

    松田:郷に行っては郷に従えね。

    中垣:もちろん確かにそれだけではないねん、例えばじゃあ日本人がフランスに行ったときとタイに行ったときでは、レストランでの注文のしやすさが違うのはみんな感じることやと思うねん。

    松田:はいはい。

    中垣:ただいったんのところ単純化してしまうと、別にどんな人であってもさ、しゃんとしてピシッと服を着てたら、あんまそういうトラブルってなさそうやん。そういう適切なハリがあればさ。

    松田:分かるよ。ほんまにまじで1ミリも知らんけど、誇り高き華僑みたいなやつやろ。まあまじで雰囲気でしか言ってへんねんけど。

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    好きな映画のひとつ。これに出てくる中国人青年は今回の例によく当てはまります。

    中垣:笑 まあすごくセンシティブやけど、そういう認識の方が健全な気がするな。

    松田:あとはあれやね。この捉え方がいいのは、彼らと外形的には必ずしも同じ振る舞いしなくていいんだという点やね

    中垣:そうそう、別にしなくていいんよ。おれも実際にしていなかったし、そもそもの見た目も違うからね。

    松田:なんていうのかな…要は実家のソファに座っているような、ほんまの意味で泰然としたマインドでおるんであれば、どこに行っても大丈夫というか。

    中垣:そう、そうやんね。

    松田:もちろんそのマインドであればそうはならんでしょというか、そのマインドの欠如の証明となるような振る舞いも一定はある気がして、そういう意味では外形的な条件もまあなくはないと思うけどな。

    中垣:あとこれさ、オールドマネー的な話とも近いよね。

    松田:思う思う。

    中垣:正しい意味での保守、みたいな。

    松田:つまり…まあ難しいけど、例えば時計ならパテックでもスウォッチでも実はどちらでもいいんだけれど、でもウブロはだめみたいな。

    中垣:うんうん。

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    いま買える中ならこれが好きだし、買った

    松田:そこで仮に中垣が派手な服装をしていたのだとすれば、それはウブロを着けていたのと同じことになるんやと思うねん。

    中垣:あ、でもめっちゃ分かる。それはほんまにそうやな。

    松田:そういうものでさえなければ、パリッとしたスーツでも、そのときの中垣みたいな格好でも、それはパテックかスウォッチかの違いなだけで、本質的な問題はないんやと思うな。

    中垣:そうやんな、そうやんね。

    松田:ただしスウォッチを着けていて、そのことを恥じていそうな雰囲気であればそれはそれであかんかったりする。これ難しいとこやねんけどな。

    中垣:そうやな、それはそうや。しかも実はウブロでも問題ないやつもいたりするんやんね。

    松田:まあ…原理的には否定できない、まずいないと思うけど。

    ウブロとかいう精度抜群の試金石

    中垣:だから変に気も使わない方がいいしね。自分は相手のことをリスペクトするし、相手にも自分のことをリスペクトしてもらうしみたいな。

    松田:そうやんね。求められるのはリスペクトをするし…自分がリスペクトされることも知っているっていう感じじゃないかな。より自分的にしっくりくる言葉で言うと、他人のことは脅かさないし、自分が脅かされることも知らないっていう感じ? そのことを一挙手一投足を通じて表現できていることが大事な気がする

    中垣:そのリスペクトするしされるしっていうことの実践、これ松田は昔からたぶん上手やん。

    松田:そんな気はする。

    中垣:わりとずっとそんな感じやと思うねん。でもこれは普通にいいことやと思うねん、場面次第で程度は変わるにしても、わりとみんなした方がいいと思う。

    松田:まあそうやんな。

    中垣:それを具体的にどうすればいいのってところまで言語化できればいいねんけど…でもそうなるとなかなか難しいよね。

    松田:うんうん。

    中垣:言ったらこれさ、『嫌われる勇気』とかと同じところがあるやん。結局おれは読んだことがないんよね、それは読む必要がないから。

    松田:はいはい。

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    中垣:でも逆に、読む必要があるやつは読んでも実践ができないんよね。もう全部そうやんか。

    松田:まあ確かにな…

    中垣:そこの糸口がより具体的な説明によって開かれるのであれば…いいなと思ってんけどな。まあちょっとすぐには難しいよな。

    2024年10月12日
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  • 逆説的に現像された質量を持たないモード、BALENCIAGA

    逆説的に現像された質量を持たないモード、BALENCIAGA

    青山:なんかさ、バレンシアガのクチュールコレクションあるじゃん。

    松田:そんなんあるんや、おれあんま分かってへんかも。

    Balenciaga / YouTube

    開始2秒で一生しないスタイル出てきてわらう

    青山:パリの本店だと採寸して作ってくれる、クチュールのコレクションが発表されていて。で、オートクチュールとは言っているが、もちろんドレスとかもあるんだけど普通にフーディーとかデニムとかもやってますみたいな

    松田:あ、そこはバレンシアガなんやね。

    青山:まあそういう、いつものバレンシアガのやつがあるんだけど。で、このあいだのクチュールのコレクションでよくあるメタルTみたいなのが出てて。

    松田:はいはい。

    青山:そのプリントをオイルペインターが全部手書きしています、みたいな感じの。

    松田:おお…すごいな。

    Balenciaga Couture Official Website

    青山:まあそれはさ、労力を投じること自体がモードであるみたいなことは言い得るし分かりますという感じなんだが、受け手側の感覚としてそれを説明するときに「一枚のTシャツに何十時間かけています」みたいな、だから一枚何百万円とかするんですよみたいな話をされると、その論理はおかしくないかみたいな気持ちにも同時になって

    松田:うん、そうやんな。

    「いきます? いっときます? 」の接客の方が信用できる説

    青山:例えば同じように何十時間かけて描いた絵だと…つまりそのオイルペインターだってさ、別に当世最高峰の作品を描いているわけではないわけで。

    松田:そうやんね。

    青山:ってなったときに、名前も知らないオイルペインターが描いた油絵一枚なんて数万円とかで買えるわけで、そこに価値の根拠はないんだが…

    松田:うんうん。

    青山:でも消費者の目線から話そうとすると、どうしてそういう説明になってしまって、そこに価値があるかのように受け手側は思ってしまうみたいな。なんかそれは純粋ではないなって。

    松田:まあむずいな、説明しようとするとそうなっちゃうよな。ただそういう話を抜きにしたとき、自分は結構買っちゃうタイプな気がする。

    青山:うんうん。

    松田:で、そのことを誰にも話さずに…かつそれを買うくらいの経済的な余裕があるのであれば、暖炉とでかいソファくらいは同時に仮定してもフェアやと思うねんけど、そこでズブズブって座って、明らかに資源を無駄にしていることに耽溺するというか。

    青山:うんうん。

    松田:つまり北京ダックを食べるときと同じ気持ちになる気がするな。いわゆる無駄な贅沢をしているという感覚を味わうために買って着る気がするし、それはそれとして健全な気もする

    青山:うん。

    松田:だって北京ダックなんてさ、やったらあかんことしている感じに並走されながら楽しむものやと思うし、かつこの罪悪感って通り過ぎていくというよりは積み上がるものやから、毎日北京ダック食べるのってできひんやん。おれならどこかでバッドに入るよ。

    青山:うん。

    松田:だからそのバレンシアガのTシャツも、そういうものとしてであれば楽しめる気がする。そういうものだからこそ人には言えないし、まあ店頭で十分に正当な感じで消費者にアピールされている様子は想像が難しい。

    脱法生レバーと同じ、てめえのケツを拭けるタイプの客にだけ裏で出すこと

    青山:うんうん。

    松田:だって言ったら軽蔑されるし、その軽蔑もまあ妥当やん。なんだけど…個人的な体験としては否めないものがあるっていうね。まあ分からんな、あくまでもおれは北京ダックとかホテルのドアマンみたいなものが死ぬほど嫌いという立場やねんけど、それに1mmも共感できずに、はなから気分よくなれるやつだってなんぼでもおるやろうし。

    青山:まあそうだよね。

    松田:でも個人的には魅力を感じないでもない…てかさ、話しながら思ったけど自分がインディアンジュエリーを楽しむときの気持ちはそれに近いものがあるかもしれない

    青山:はいはい。

    British Museum

    松田:インディアンジュエリーって作るのに時間かかるし、歩留まりも悪いし、スタンプがうまく入るかちょっとずれるかの差で駄作と秀作が分かれてまうし、そういうしょうもないコストの掛け方をしている気がするねんな。

    青山:うん。

    松田:だからそれを身に着けて楽しむことの正当性みたいなのはかなり怪しい。確かにインディアンジュエリー勢はクロムハーツのことをたい焼きっていうねんけど、まあ定価があほほど高いことはさておき、たい焼きの方が全然健康なんじゃないかとか思ったりもするわけで。

    青山:うんうん。

    ひとつの型から同じものを大量に生産できるのでそう呼ばれています。実際のところ、例えばいま僕が着けているクロムハーツのダガーハートリングであれば、そのまま店頭に並べられるところまで工場に仕上げてもらっても地金代金と加工代金込みで10,000円あれば作ることができます。

    松田:でも、それでもおれはインディアンジュエリーは好きやねん。それに対して不可避な罪悪感…まあ罪悪感に限らずやねんけど、完全に観念的なものではないからこそどこかで限界がくるような、そういう無駄遣いは最近ちょっと否めないなと思っている

    青山:うんうん。

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    松田:でもさ、そのメタルTほんまに何百万円もすんの?

    青山:うん。正確にはそのメタルT自体の価格はまだ出ていない気もするが、バレンシアガのクチュールラインで他に買えるやつが公式サイトにいくつか出ていて、デニムジャケットが500万円ですよとか、数千万円のものもありますよみたいな世界観だから

    松田:すごいな。

    青山:だからそんなもんだと思う。

    30,000 €らしい

    松田:でもそうか、今やと物を選べば200-300万円のTシャツだってあるくらいやから、少なくともそれを超えてこないとポジションは取れないよね。

    青山:ダブレットがずっと出してるさ、もこもこのオーバーオールみたいなのがあって、それはシーズンごとに描かれている絵柄が違うんだけど。

    松田:うんうん。

    青山:それとかは普通に吹き付けると毛足が長くて根元まで着色されないから、だから一着ずつ京都の職人が描いてますみたいなことを、店とかに行くと説明される笑

    NUBIAN

    松田:そういうのってまじで全部そう、「ということを店とかでは説明される」って感じやんな。

    青山:なんかダブレットとかそれこそアルチザン系とかは、そういう労力をどちらかというとクラフツマンシップの方に引きつけていってる、それの顕著な例がロエベとか。

    アルチザン系の定義は「なんか魔法使えそう」、豆知識です

    松田:はいはい。

    青山:あそこらへんはデザイナーが普通に工芸が好きみたいなのがあるからなんだろうけど。でもバレンシアガのそれって、蕩尽つまり無駄遣いというか、ある種の交換可能性をどこかに残しているところがモードだよなみたいなことは思う

    松田:確かにね。

    青山:それはバレンシアガの服を見るたびに思う。あれってもっとも良いダメージの入り方で、もっとも良いプロポーションで、もっとも良い…感じのグラフィックが入っている、あくまで世間一般にはよくある服を提案していますってことだし。

    松田:はいはい。

    青山:だから無限の時間とネットワークが存在すれば、バレンシアガ同じかそれ以上のものを発見することが可能…であると誰でもすぐに想像可能だっていう、その状況でなおそれを買うことで、なんの質量もないブランドが逆説的に現像されているみたいな。

    松田:はいはい。

    青山:その感覚があるから、当初はやっぱり本心からそれを信じる気持ちにはなれないかもしれない、みたいなところに対して躊躇のようなものがあったけど、最近はむしろそれが好ましいのではないかみたいなことを思っているっていう。

    松田:確かにね、そう聞くと普通に欲しくなってきたな。

    青山:僕も最近バレンシアガが欲しいみたいな気持ちはある。

    松田:でもバレンシアガってなんぼすんの…てかそうか、パンツだけやと裾擦るから靴も一緒に買わなあかんのか。

    青山:そうね、まあ擦るっていう選択もある

    松田:なるほど。

    青山:最近はもうデニムだと20万円からって感じで、前に14万円のデニムが発売されたときは安いって話題になってた。

    無限の時間とネットワークの半分くらいがあれば見つかりそう

    松田:でも難しいな、今みたいな文脈において理解する場合むしろ中途半端な価格やと何やってるか分からなくなるから、確かに20万円くらいの方が気持ち良いんかもね。

    2024年10月11日
    Aux Bacchanales 紀尾井町