トピック: 岩波青

  • 【後編】映画『君たちはどう生きるか』

    【後編】映画『君たちはどう生きるか』

    松田:もちろんその後のシーンにもいちいちグッとくる描写はあったよ。三角のトンネルを抜けて大叔父さんのヘブンに行くところもさ…あの大叔父さんって、はやい話が本ばっか読んでて変になった人でしょ?

    なつき:そうだね。

    松田:きっと本ばっか読んでるうちに、ペリカンがあの可愛いやつを食うような、汚くて受け入れ難い矛盾のある世界を認められなくなってん。

    なつき:はいはい。

    松田:ほんで理想によって漂白された世界に行って、そこからついに戻って来られなくなった存在が彼やと思うねん。

    およそ他人事ではない

    なつき:うんうん。

    松田:その世界っていうのは…それこそトンネルを抜けた先の世界はぼやっとしたふうに描かれるし、インコの家来が「まじヘブンじゃん」って言っていたみたいに、観念的でパーフェクトな、でもリアリティのない世界やねん。その奥に大叔父さんはいて、石を積んで世界を作ってる…と思っている。

    恥をかけ、振られろ、馬鹿にされろ、汗をかけ、泣け、こけろ、そこにしか人生はないです。

    なつき:うんうん。

    松田:でも大叔父さんのその世界は今にも崩壊しそうになっている。観念の世界の限界はそこで、一見するとパーフェクトに見えても実際にはすごく脆弱やねん。なによりそこでは自分一人だけ、誰とも何も共有できない。まひと君が執着していたエゴも大叔父さんが守り通そうとした世界も同じやねん

    なつき:はいはい。

    松田:そしてまひとくんは最後、その石を積むことを拒否するわけやん。そこで世界は崩壊して、嵐が吹き荒ぶ中で各々が各々の扉から世界に戻っていく…ここで最後の大感動が待ってるねん。お母さんの幼いころみたいな女の子おったやん、あの子が扉から元の世界に戻っていこうとするとき、まひとくんは「病院の火事で焼け死んじゃうよ? 」みたいに言うたやん。

    なつき:はいはい。

    松田:でもな…それが人生やん、分かるやろ。結局のところ人はいつか死ぬために生きているんだし、でもそのことで人生の意義が損なわれることはないねん

    なつき:なるほどね。

    松田:しかもお母さん、「いいじゃないかだってまひとを産むんだから」とも言うてたやん。あれもええよね、自分という個体が死んだ後の種にコミットできるっていうのはいかにも人間らしいよ。

    なつき:そう考えるとあのシーンはすごく説得力があったな。そんな言葉で救われないだろとも思ったけど、でもそれをまとめきるくらいのものがあった。

    松田:まるで躊躇を感じさせない、あのカラッとした感じよね。しかもまひとくんの側では、あのシーンまでにほぼ既に仕上がりきっていたとはいえ、やはり正直なところ元の世界に戻っても死んじゃうんだぜっていう、そういう一抹の不安があったわけやん。

    なつき:うんうん。

    松田:その迷いを払拭しきる、お母さんのあっけらかんとしたスタンス、あれも本当によかった。人生を全面的な肯定のもとに納得して、元の世界に戻っていくあの感じ。

    This is the time you will be asked to choose between the “Everlasting No” and the “Everlasting Yea.” This choosing is what Confucius means by “study”; it is not studying the classics, but deeply delving into the mysteries of life.

    Normallly, the outcome of the struggle is the “Everlasting Yea,” or “Let thy will be done”; for life is after all a form of affirmation, however negatively it might be conceived by the pessimists.

    D.T. Suzuki『Zen Buddhism』Harmony

    D.T. Suzuki『Zen Buddhism』Harmony

    なつき:なるほど。

    松田:あとはまあどこまで積極的に解釈するかって話はあるけれど、元の世界に戻っていくときインコめっちゃ糞するやろ。あの感じとかも、観念的に漂白されたのではない、灰頭土面の現実世界に戻ってきたことがはっきり分かるよね

    なつき:うんうん。

    松田:ほんでほんまに最後のシーン、既に赤ちゃんが生まれていて「まひと行くよ」って一階から声かけられるやろ。それに対するまひとの返事って、一番最初と比べてすごく血が通っている感じがあったと思うねんな。

    なつき:うんうん。

    松田:それに新しくできた弟、あれがいい塩梅に恬淡無礙というか、カラッとしてるやん。あれがお母さんとかお父さんに妙に似てたらもやもやもするねんけど、あの表情からはまひとくんがそこへの執着を持っていないことを端的に示しているようでいいなって。

    なつき:はいはい。

    松田:なんしか映画を通して、原作の趣旨っていうのはとてもよく描かれていると思う。ジブリでこそ可能な自由さでもって、縦横無尽にテーマを表現している感じがあってよかった。超感動した

    なつき:でも…確かに思い出したけど、大叔父さんが積み木を積んでるシーン、あの積み木ってめっちゃ綺麗だったじゃん?

    松田:そうそう。

    なつき:でもあんなのいつまでも積めるわけないじゃんね。し…まあもう一回観ます笑

    松田:おれも一回目に観たときはスッと入らんかったというか、原作の本のイメージを持ったまま観始めるから映画のバイブスに切り替えるのが遅れる感じはあってんな。

    なつき:ああ、そうそう。

    松田:やっぱり2回目に観て初めて大感動できたみたいなところはある。あとは自分としては非常によくメイクセンスしたんだけど…実際こういうことを考える人ってほとんどいないと思うねん。ほとんどの場合、あれはただのファンタジー以上のものではないと思う。

    なつき:まあそうだよね。

    松田:なんだけど例えば…彼女の職場の同僚ですごくあれな子がおるねん。鬼滅の映画10回観てて、選挙行ったことなくて、知り合いのおばさんから営業された保険に入ってる感じの。

    なつき:はいはい。

    松田:でもその子もこの映画がすごく楽しかったって言うてたらしいねん。「まひとくん最初馴染めてなかったけど、最後はアオサギとちゃんと仲良くなれたし」みたいな。

    なつき:おれもわりとそっち側だった笑

    あれななつき

    松田:誰にでも楽しめるようにできているのはやっぱりすごいよ。普通にめっちゃ話題やし…やっぱこうじゃないとなって。その辺もすごくよかったな。

    なつき:まあでもなんか…彼が受け入れた世界ってそこまで悲劇ではないよなっていうかさ。

    松田:うん?

    なつき:悲劇ではないというか…階級的な話をするとわりといいところにいるじゃん?

    松田:ああ、確かに裕福やんね。

    なつき:そうそう。本人としてはしんどいところはあるんだろうけど、別に裕福だし、その状況を受け入れるのって比較的簡単じゃね? って。

    松田:いや…まあ言いたいことは分かるけどな、北朝鮮の農家に生まれても皇族に生まれても苦労はあるよ。人生やもん

    なつき:うーん…

    松田:相対的にイージーな環境やから周り見て我慢しとけって、それは違うよ。

    落ち込んだときはガザの報道映像見てんのかって話です

    なつき:でも原作だとさ、コペル君は普通の庶民だったじゃん。

    松田:全然ちゃうがな、どこ見てたらそうなるねん。

    なつき:おじさんだけじゃないの?

    松田:おじさんに窘められてたの覚えてへん? 「君はこの間の避暑で駅を離れてすぐアイスが食べたいどうのと言っていたけれど、あの車窓から見えていた田んぼでは…」みたいな。

    なつき:あ、なるほど。

    松田:まあコペル君がややハイソなんはな、実際のところ癪には触るで。なんか相対的に貧乏な友達の家でたい焼きをいただくシーンがあるねんけど「コペル君のお母さんはこんな粗末なお菓子はお腹を壊すと言って出してくれません」とかあるねん。あほやろ、たい焼きで腹壊すわけないねん。

    なつき:たい焼きってむしろハイソかと思ってた。

    松田:なんでやねん、鯛を模してるメンタリティからしてハイエンドでないのは分かろうよ。でもさ、じゃあ何食ってんねんって話やん?

    本来は容易に手に入らないはずの価値を期待させることで売ろうとしているものの例としては、鯛の形をした今川焼きの他に、自販機で買えるプレミアムコーヒーや、知性・品位・清潔感を大切にしていると謳うFOXEYなどがあります。でも結局たい焼きは鯛じゃないし、自販機に美味しいコーヒーはないし、FOXEYを着ても馬鹿で卑しく埃っぽいままなのです。

    なつき:ほんとだね。

    松田:和菓子屋のケースの中にある生菓子みたいなあれなんかな。あれ高いし見た目も神経質やし、おれはあんま好きじゃないで。

    株式会社 虎屋

    木練柿 – 株式会社 虎屋

    松田:あとこれは映画の内容とは直接は関係ないねんけどさ、その内容にだいぶしっくりきたとはいえ、映画の中で描かれているあらゆるディテールや物語の装置をメイクセンスしているわけではないねん。まあ当たり前やし、別にそれでいいと思うねん。

    なつき:うんうん。

    松田:例えばどうしてこんな言い回しだったのかみたいな、そういう瑣末な考察をしたがる勢力っておるやん? ああいうのまじでどうでもいいというかさ。

    なつき:はいはい。

    松田:そもそも作品として一度アウトプットされた以上、それは製作者の当初の意図を超えて広がっていく、これはもう当たり前やん。そういう意味ではこちらに自由があるわけ。自分にとって何がどういう意味を持つかは自分で決めたらいいやん。

    なつき:うん。

    松田:にも関わらずある種の正解というか、正しい理解の仕方が存在するという想定のもとでそれを当てにいくみたいな発想って不健全やん。こんなんもう当たり前やん。

    なつき:なるほどね。

    松田:だからなんやろう…あるんかも分からん暗闇の中の的を外すことを恐れて何も投げられない、つまり無謬性への執着のあまり自分の言葉で消化しようとしないのってどうなんって

    なつき:確かに、誤読というかね。

    松田:そう。まずは誤読の自由がこちらにはあると言えるし、そもそも誤読というときに想定されている正解に果たして意味があるのかって話。どんな読み方であれ、読んだ人の明日が今日より良くなるのであればそれでいいという話はあるやん。

    なつき:うんうん。

    松田:それ以外にも、瑣末な譲歩によってディテールが決定されることなんてままあるわけで、あらゆるディテールに精緻な意図が込められているっていう見方はシンプルに事実じゃないよね。なんかそういうことを思っていた。

    うちのシンクのスポンジ置きがマイメロであることなど

    なつき:ちょっと文字の方の『君たちはどう生きるか』もちゃんと読むわ。彼女が描く人だからさ、最初はすごくアニメーションの話をしていて。

    Amazon.co.jp

    吉野源三郎『君たちはどう生きるか』岩波書店

    松田:あ、なるほどね。彼女と観に行ったら感想とか話すん?

    なつき:話すし、彼女の方がちゃんとした感想を持っている。こっちはファンタジーがよかったね、くらいにしか思ってなかったんだけど。

    松田:なんかさ…これはおもろ話な。ずっと前、彼女と付き合って初めの頃に一緒に映画を観に行ったことがあってん。それでさ、別にそれを観てどう思ったとか、そんなん内心の話やから必ずしも他人と共有せんでええと思うねん。

    なつき:まあまあ。

    松田:…という思想に基づいて映画を観終わってからまじで一言も感想を話さなかったら、なんかめっちゃ怒り出して。

    なつき:笑

    GAGA

    是枝裕和監督 最新作『万引き家族』公式サイト – GAGA

    『貧乏家族』って言い間違えたのもよくなかった

    松田:一緒に観に行った意味がないやん、みたいな。まあ分からんでもないけど、それ別に君の権利とはちゃうしなとか思いながら聞いてて。

    なつき:まあね笑

    松田:ほんで「宇宙人と付き合ってるみたい」とか言うねん。それで思い出してんけど、東大の保健センターでスペクトラム指数50点満点を叩き出したときに大量に読んだ発達障害に関する本の中で、定型発達から見るとお前らは宇宙人のように見えているって書いてて。

    なつき:笑

    松田:「あ、まじでそう思ってんねや」って思ったよね。ただよく考えるとさ、おれが宇宙人で相手が地球人なのは多数決の問題であって、おれからしたら彼女の方がだいぶ宇宙人やし…とか思いながらばり謝ったわ。それ以降はちゃんと感想言うようにしてるねん、令和のまひと君と呼んでくれ

    なつき:定型発達にちゃんと合わせてるんだね。

    松田:でもさ、逆に今みたいな熱量で思ったこと全部開陳してもよくないやろ。難しいよな。

    なつき:言うておれも今の話…まあ分かるっちゃ分かるけど、でもそこまでよく分かってはないからね笑

    松田:まじ?

    2023年8月5日
    喫茶室ルノアール 西日暮里第一店

  • 【前編】映画『君たちはどう生きるか』

    【前編】映画『君たちはどう生きるか』

    松田:なつきくんあれやね、『君たちはどう生きるか』観に行ったそうやね。

    なつき:ああ、行った行った。

    GKIDS Films / YouTube

    君たちはどう生きるか [DVD]

    松田:おれも行ったで、なんやったら2回誘われて2回観たもん。

    なつき:気合い入ってるね。

    松田:で、どうやった?

    なつき:うーん…なんか説教されるかと思ったら骨太ファンタジーが見られて非常に感動したし、「ジブリっていいな」って思った

    松田:あ、なるほど?

    感想や説明を含むいかなる言語化においても重要なのは、それによって同種の別のものとの相違を指摘すること、あるいは別種の何かとの相似を指摘することです。同種の別のものにも当てはまる感想が許されるのは小学生まで。

    なつき:教訓めいたことは何も思わなかったですね。

    松田:なるほど。

    なつき:無心でファンタジー見られましたありがとう、みたいな。

    松田:なんなん2,000円ドブに捨てに行ったん? そんな感じやとおれ今からすごく開陳しちゃうよ。

    なつき:笑

    松田:2回も観るともうさすがにね、全てがパパーンってつながる感じあったよ。そもそも原作というかさ、『君たちはどう生きるか』の本の方は読んだ?

    なつき:漫画版は目を通してます。

    Amazon.co.jp

    吉野源三郎原作・羽賀翔一画『漫画 君たちはどう生きるか』マガジンハウス

    松田:ねえ、『君たちはどう生きるか』は岩波文庫の噛ませ犬やねんで、その辺分かってんの?

    なつき:すみませんね笑 原作は難しいのかなって思って。

    松田:なわけない、パラパラ見たら分かるでしょ。2時間もあれば全部通して読めるよ。

    なつき:でもあれだよね、漫画版も内容はほぼ一緒だよね?

    松田:読んでへんから知らんて。

    Amazon.co.jp

    吉野源三郎『君たちはどう生きるか』岩波書店

    なつき:漫画版を読んでの原作の理解は、コペル少年が社会はどう動いていてそこで自分はどういう位置付けで生きていくのかを理解する話で、彼の理解では社会は様々な連関の上に成り立っていて、その中で自分が果たすべき役割を果たすことが大事だってことだと思ったんだけど…

    漫画でもいいじゃん

    松田:うん…まあそういう内容やったわ。おれ映画観終わって「最高じゃん」みたいな気持ちになって、すぐにもう一回読み直したからめっちゃ覚えてる。そういう話やった。

    なつき:うんうん笑

    松田:自分にとって印象的やったのはね、最初にデパートの上から街を見下ろしているシーンがあったやん。デパートの屋上から街を見るとたくさんの屋根があって、そこで彼は気づくねん。「めっちゃ人おるやん」って。

    なつき:はいはい。

    松田:まあそういう感覚って自分らも知ってると思うねん、今ならスカイツリーからはるかに多くの屋根を見ることもできるしな。なんしかここで、世界には自分以外の多くの主体がおるっぽいことをコペル君は発見するわけ

    なつき:はいはい。

    松田:ここでおもしろいのがさ、そうやってデパートの屋上から下を見ていると、自分たちがさっき通っていた道をそそっかしく走っていく小僧を発見するやん。ほんで彼が自分の用事にかられている様子を見て、「ということは…」と考えるわけ。もしかすると自分たちも、今まさに周囲のビルの窓から見られているかもしれないと。

    なつき:うんうん。

    松田:そう思って周囲のビルの窓を見るんだけど、光が反射して実際に周囲からも見られているかは分からなかった。でも見られている可能性はあるし、なんであれば彼は、周囲から自分を見ているもう一人の自分をイメージすることができてんな。

    なつき:はいはい。

    松田:つまり彼は社会を発見すると同時に、その社会の中に自分が部分として存在していることも発見してん。自分以外の多くの主体と、それらによって客体化された自分自身を発見する、これが第一章ね。そこからはまあいろんなエピソードが展開されるやん、それこそ粉ミルクのくだりみたいに、粉ミルクが彼の手元に存在するためには様々な連関のおかげを被っていることに気づくとかね。

    なつき:うんうん。

    松田:彼は社会を発見し、その中に部分としての自分がいることを発見し、そこには複雑に入り組んだ連関が不可避に存在することも分かってきたと。で、次に展開されるエピソードがあるねんけど、これがすごく印象的やねん。

    なつき:うんうん。

    松田:なんかな、いつも一緒にいる友達が上級生にいびられてたとき、そいつの味方をして一緒に立ち向かうべきやったのに、それができひんかったって話やねん。覚えてるやろ?

    なつき:はい…ちょっとよく覚えていないけど。

    「はい」とは

    松田:ここで彼は…社会の中に部分として存在する、その自分のエゴを発見するねん

    なつき:ああ、はいはい。

    松田:自分の友達が上級生にいびられていたのに対して、いつもつるんでる友達らは自分以外全員がそれに立ち向かってん。でもコペル君はそれができなかった。「こいつの連れ他にもおるんかい」って言われて、そこで手を挙げることができひんかってん。

    なつき:うん。

    松田:要は彼は、言ってしまえば自分かわいさにびびってもうてん。なんであれば事前に「いびられるときは結束して立ち向かおうな」って約束していたにもかかわらずな。

    なつき:うんうん。

    松田:そのあとはコペル君、どうして自分は前に出て行けなかったのかと、それはもうえらいバッドに入ってだいぶ長いこと学校を休んでまうねん。そのお休みの間も、もうどうしようどうしよう、いっそ死ねるのであれば死んでまいたい、そうしたらあいつらも分かってくれるだろうと。そこまで思い詰めてまう。で…かしこのおじさんおったやろ?

    なつき:導き役のおじさんだよね。

    松田:そう、そのおじさんにコペル君は相談するねん。そうしたらおじさんは、今すぐに謝罪の手紙を書けと言うわけ。まあそらそうやん。

    なつき:はいはい。

    松田:「でもそうしたら許してくれるかな? 」「それは分からへん、でも書け」と。そこでコペル君、許してくれるんか分からへんのなら書きたくないって言うねん

    なつき:うんうん。

    松田:ここでなおコペル君にはエゴが、残滓というにはまだまだべっとりとこべりついてるねん。このエゴは、みんなとよろしくやっている社会にそのままで持ち出せはしない、偏狭で一般化されていない、彼なりのしかし彼のみにとってのリアリティやねん。

    なつき:うん。

    松田:ここでおじさん「そらあかんで」って、初めてきついことを言うてんな。なるほどコペル君、彼なりに分かるところもあったらしく、ようやく手紙を書きました。

    セリフを大阪弁で再現するせいで新喜劇みたいになってるのなんとかならん?

    なつき:うんうん。

    松田:ここでのコペル君は、既に発見していた社会に加え、ときにそれと矛盾するエゴを新たに発見し、その対立を乗り越えて社会に接続していくことを知ってん。

    なつき:うんうん。

    松田:すごいやろ、これだけでもう泣けるもんな。ほんでまあ…なんやかやあって「君たちはどう生きるか」の決め台詞があってフィニッシュですわ。「僕もそう生きます」って心の中で言うたよね

    なつき:なるほどね。

    松田:ここでおれが思うに、原作の旨みとしてまずは社会そのものと自分もそこにいるんだという発見があるんだけど、それに加えて、その社会に参加するには相応のやり方を知らなあかんという教訓があると思うねん。

    なつき:うんうん。

    松田:なぜなら我々にはエゴがある、これを社会にそのまま持ち出すわけには当然いかない。下手をするとそれに埋没してまいそうにもなるなかで、その対立を超えて…自分自身を誠実に提案していかなあかんねん。てめえかわいさをそのままに社会に出てくんなと

    なつき:はい。

    はい

    松田:ところでさ、映画において本が出てきたのってまじであの一瞬だけやったやん?

    なつき:そうだね笑

    松田:でもおれはね、まひとくんがエゴを超克して、世界に積極的に交渉していくまでの過程があの映画ではすごくよく描かれていると思ったし、そういう意味において『君たちはどう生きるか』を原作としていることにはすごく納得がいってんな。

    なつき:うんうん。

    松田:だって物語の前半、あの冒険に踏み出すまでのまひとくんってもう超エゴの塊やったと思うねん。おれはああいうやつ嫌いやで、子供やからええけど。

    自分の今の友達には要らないです

    なつき:はいはい。

    松田:まずは周囲とのコミュニケーション、なんかすごく棒読みな感じがあったやん。コミュニケーションに対して消極的な、周囲に期待を抱くことをしない感じ? 最初から参加しないことで不戦勝になるとでも思ってんのかと言いたい

    なつき:はいはい。

    松田:あとは「お口に合わないかもね」っておばあちゃんに言われて、平気で「おいしくない」って言う感じとか。

    なつき:うんうん。

    松田:なにより自分の頭を石で殴って出血するあのくだりな。まあ確かに分かるっちゃ分かる、ああやって自分で転んだことにしたいっていうその動機はな。ただ…にしては程度が甚だしい気もするやん?

    なつき:まあちょっと引いちゃうよね。

    松田:なんやったらそんなことせんでも、単にこけたって言えばそれだけでよかったやん。でも彼はあそこまでして、絶対に社会との交渉を持ちたくはなかったわけやん。

    なつき:まあ自分の世界を守るというかね。

    松田:そうそう。もう全部おれだけのことやから、頼むから放っておいてくれと。どうせ分かりっこないし、分かってほしいとも思っていない、そういう態度が強烈ににじんでいたと思うねん。

    なつき:はいはい。

    松田:だから世界を突っぱねるようなことばっかりしててん。お母さんのお見舞いもそっけないしな。そうやって、社会に対しての責任を引き受けようとしていない感じやってん。

    なつき:うんうん。

    松田:それがあっちの世界への冒険に踏み出して、少しずつ変わりだすわけやん。あの…おばあちゃんの名前なんやったっけ、若かりし頃の姿で出てきた人。

    なつき:きりこさんかな。

    松田:ああ、そうそう。あのきりこさんのところでさ、小さいおばあちゃんずに囲まれて「心配かけてごめんね」みたいなことを言うてたと思うねん。そこで彼は、周囲の世界に興味を持ち始めているというか、自分とは違う視座が存在していることを気にかけるようになっている気がするねん。

    なつき:まあ確かに。心細いけど誰かが見ていてくれるっていう感覚があったってことだよね。

    松田:うん…いや心細い云々じゃなくてさ、自分のエゴから離れたところに彼を見ている視座があるって感じのことが言いたい。つまり自分という存在が相対化されてんねん

    なつき:ああ…

    松田:それまでのまひとくんからしたら、別に他人が心配してるとかどうでもいいわけ。すごく偏狭な意味での自分っていうのが世界の中心やってんな。しかしここにきて彼は、それ以外の世界の中心、自分自身とは違う主体を想定できるようになっているわけ。

    なつき:はいはい。

    松田:あるいはそのシーンと前後して、なんか可愛いやつがペリカンに食われるシーンがあったやん? てかあのシーンめっちゃ眠なってんけどなんやったんやろ…

    なつき:うんうん。

    スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI

    ギャルソンにおけるプレイと同じ役回りのこれ

    松田:あのペリカンは、理由はともかくあの可愛いやつを食うしかないっぽくて、そんなペリカンをまひとくんは埋葬してあげたわけやん。そこでも彼は、自分のそれとは全く違う事情に立脚している主体を、これもまたなんとなく理解し始めていたわけ。

    なつき:うんうん。

    松田:そしてなによりその後、岩の中でなつこさんに会うシーンがあるやん。そこでなつこさんが…これまでの世界ではあんなに優しかったなつこさんが「あなたなんて大嫌い」みたいに言うわけやん。まあそらそうよ、連れ子なんて素面で愛せるわけないやん。

    なつき:うん。

    松田:でも社会的な存在としての人間は、それを超えてよろしくやることができるねん。そこでまひとくんはようやく分かるわけ。自分のエゴと全く同じだけの強度のエゴをそれぞれが持っていて…そこで気づいた彼は、間髪入れずに「お母さん」って言うたやろ?

    あるいはメール冒頭の「お疲れさまです」にも近似できる。別に誰も疲れてねーから

    なつき:うんうん。

    松田:この瞬間に彼は、自分のエゴを離れて社会に一歩を踏み出してん。ここで言う社会っていうのは、他人同士が協調し合って、同じ世界観を共有しようとしているその集団のことね。そういうコンテクストにおいては、なつこさんは彼を血のつながった息子のように愛しているし、彼にとってもなつこさんがお母さんなわけ。

    なつき:はいはい。

    松田:まあそこからも冒険は続くわけやけど、なんしか彼はここで理解したんやね。もうここで既に大感動やん、まひとはほんまによくやってる。よくお母さんと言った、ほんまにえらいよ

    社会に参加するにあたっては、偏狭な意味での自分自身に執着するのはもちろんのこと、私だけが疎外されたn-1人からなる全体に奉仕するのもとんだ大間違いです。私という不可避な条件を受け入れ、そのガラス越しに見える社会全体に関わっていく度胸を持つこと、そして私という部分が、自分も含めた社会という全体に1ミリのずれもなく即オーバーレイしていく感覚を養うことが肝要です。

    2023年8月5日
    喫茶室ルノアール 西日暮里第一店