トピック: 食事

  • NYから来た友人を近所の飲食店に連れて行った話

    NYから来た友人を近所の飲食店に連れて行った話

    松田:どこがええかちょっと迷ってさ、これがまあ難しくて。

    KEN:てかこの商店街ええ感じやな、ユニバみたい。

    @suginami_koho / X

    松田:ああ…まあわりといつでもこのくらいの感じやな。土日やとみんなもっとワクワクしてるで。

    KEN:そうなんや、今でも結構活気あるなと思った。確かにいい街やね。

    松田:たださ、いい街にあるいいお店だとして、ピンで戦える強度があるかというとまた別の話やん

    KEN:ああ、まあそれをめがけて来るほどの何かがあるかというとね。

    松田:そう。そのエクスペリエンスだけを切り出して他と比べたときに、十分に堪えるだけのものがあるかというとさ。あくまでエコシステムの中で、一つの選択肢として存在して初めて輝くみたいなのもあるしね。

    KEN:まあそうか、そっかそっか。

    松田:ただ今から行く豚骨ラーメンは、ラーメンが好きな人にとっても有名な店やと思う。そういう強度はある。

    KEN:あれは…つけ麺なん?

    松田:いや、あれはまず普通のどんぶりに麺とスープだけが入ってて、 それとセットで上にのせる野菜が別であるねん。

    KEN:はいはい。別皿でくる感じか。

    松田:その野菜は8種類くらいあるんかな。エスニックな感じのとか、にんにく強めのやつとか、プレーンとか。その組み合わせを選んでお楽しみくださいみたいな感じかな。

    KEN:はーん。

    @isshoutonkotsu / X

    松田:ただどのフレーバーの野菜もかなりしっかりした味やから、豚骨を第一義にいくならプレーンのがええな。自分はほぼプレーンしか選ばへん。

    KEN:なるほどな。

    松田:なんせ麺とスープ、これがめちゃめちゃ美味しいねん。今までに食べた豚骨をメインの素材にしているスープの中で、一番美味しいと思う。

    KEN:ふーん、気になるな。

    松田:魚介とかで旨みを足すことはしてなくて、スープは豚とかえしだけなんちゃうかな。豚だけでこんなにできるんやというか、素材のポテンシャルを完全に引き出してる感がある。

    KEN:そのさ…おれ豚骨好きな方やねんけどさ、臭みとかはどうなん? 無いのを売りにしているのか、あるのを売りにしているのか。

    松田:気にしたことはないけど…でもしぇからしかみたいな世界観と比べると臭みはゼロやで。

    KEN:はいはい。

    しぇからしか

    近所にあるの、暴力団事務所より嫌

    松田:まあ個人的な好き嫌いはあるにしても、スープの完成度は抜群やと思う。あとたまにエクスペリメンタル枠もやってて、ほんまに豚と塩だけ、かえしさえ使わずにスープを作ってる日もあったな。

    KEN:あ、そういうことね。

    松田:3-4口目までは楽しめたけど…まあやっぱり味は薄いよな。

    KEN:やっぱりそうなんや。

    る松田:かえしのパンチは必要なんやというか…まあ食えないわけではないにしても、いつものスープの方が美味しいって口は言ってるって感じ。

    観念食ってっから

    KEN:はいはい。

    松田:それでも十分に成立はしてたからね、すごいよね。やっぱオーナーがストイックなんやと思う、そこがまず好き。

    KEN:なるほど。

    松田:それに加えて…食事ってさ、一日に3食しか食べられないっていうボリュームの上限と同時に、一食で一定程度までお腹を満たさなければいけないっていう、ボリュームの下限も制限もあると思うねん

    KEN:はいはい。

    松田:つまり3-4口だけ楽しんで終わることはできなくて、ワンセット食べてお腹を満たしきらないとあかんやん。

    KEN:ああそうやな、確かに確かに。

    松田:だからいくら完璧な美味しい豚骨スープがあったとしても、それを数百キロカロリー食べようと思ったら、後半は確実に飽きてくるのよ。

    KEN:いや理解した。それがあると逆にコースの正当性が見えてくるね

    コース料理には正当性がないとかいう誤った前提

    松田:そうやねん。だから麺とスープだけじゃなくて、セットの野菜を選べるようにしてバランスを取るみたいなことは大事やねん。最後まで飽きずに楽しめるし、何度来ても来るたびに美味しいっていう工夫やんね。

    KEN:うんうん。

    松田:これは、添加物ぶちこんで舌を喜ばせるとかとは違う、美味しいはずのものをきちんと美味しいものとして楽しんでもらうための迎合やん。これを心得ている感じ、これがプロでいいなと思うねん

    KEN:はいはい。

    松田:自分が今好きだと思える飲食店ってどこもそんな感じ。それこそ浜松町の…

    KEN:うどん?

    本格手打もり家

    松田:そうそう。それこそうどんなんて、最後の方は絶対に飽きるやん。でも浜松町のもり家では、フレッシュな薬味が一人ずつ、数種類ずつ、どれもたっぷりのボリュームで提供されるねん。

    舌の育ちが悪い人には難しい話ですが、○香ってあんま美味しくないですよね。そもそもいりこに限らず旨みに舌が喜ぶなんて当たり前の話なので、うどんの美味しさはむしろ小麦のテクスチャと麺の塩み、そしてそれらとの関係性においてはじめて旨みに見出されるべきな気がします。そういう意味においては浜松町のもり家や水天宮の谷やが個人的には好き。温かい麺に出汁醤油だけで美味しい、これが本当に美味しいうどんです。

    KEN:はいはい。

    松田:そうしたら絶対に飽きずに最後まで食べられるやろ。あとは最近よく行く西荻窪のカレー屋さんもさ…

    KEN:松田もう普通にグルメやん笑

    松田:まあエンゲル係数は高いよ。

    分母な

    KEN:笑

    松田:そのカレー屋さんはさ、志高めやからちょっと辛いねん。でも付け合わせの野菜みたいなのがわりと充実してて、それを途中で挿したら流れが変わって最後まで美味しく食べられるねんな。

    KEN:なるほどな。

    @curryshopfennel / X

    松田:きちんと美味しいものを作った上にそういうことができるっていうのが、今の自分の好きな飲食店の類型のひとつ。今から行くのも完全にそのタイプやね。

    KEN:はあ、なるほどね。ちょっと楽しみやな。


    松田:どうやった?

    KEN:いや美味しかったわ。し、松田が好きなんも分かる気がする。

    松田:分かるでしょ、派手じゃないけどきちんと徹底的に美味しいねん。

    KEN:麺も好きやったな、なんか捻くれてないやん

    松田:うんうん。

    KEN:捻くれてないけどしかるべきコシはあるし、卵の香りもするし…普通やと中華そばみたいな麺が安心するとか、逆に開化楼の極太麺が迫力があっていいとかがあるわけやけど、その良いところをうまく合わせて昇華している感じというか。

    松田:そうやんね、あの麺は変な下心がなくていいよな。

    KEN:それを、まずはスープだけで出すのもどこかプレシャスに感じられるしね。

    松田:うんうん。

    KEN:それも別にエゴとかではなくて、実際にそれくらいプレシャスだし、そういうものとして楽しめた方がいいし…いやよかったな。

    松田:自分のやりたいことをやり切った上で、それを丁寧に社会にポジションしていく感じがね。おれは普通に尊敬してる。

    まあほとんどの人にとって、まずは徹底的にてめえに媚びるとこからな。てめえに媚びられないやつが社会に媚びられるわけねえから。てめえに媚びることを社会に媚びることに仮託しているやつは地獄に堕ちます。

    KEN:尊敬できるね。あとは但し書きじゃないけどさ、カウンターのところにあった「部位ごとに鍋を分けて調理しています」とか、その下に店主の名前を書いてるのとかさ。エゴをやり切ったあとの誠実さみたいなのは気持ちいいよね

    2025年4月10日
    麺処一笑

  • 味の向こう側

    味の向こう側

    青山:食事は一日で3回しか食べられないって話さ、最近まじで思ってて。

    松田:はいはい。

    旅行先で食事をする際、訪れるべきはその土地でもっとも典型的な人々が食べているお店以外にはないという話をしていました。そのひとつの根拠は、食事は身体的条件によって誰しもせいぜい一日3食に制限されかつ一度食べると消えてなくなってしまうため、もっとも典型的な人々によって食されるものにこそ、過去から未来にわたってのその土地の必然が反映されていると言えることです。
    この点において食事は、その土地を特徴づける光景のうち、観念や資本が集約されやすいその他とは大きく異なります。

    青山:古代ローマの貴族はお腹いっぱいになったら吐いてまた食べていたみたいな話の意味分からなさを思うと同時に、身体的制約がないときに味覚ってどうなるんだろうみたいな話もあると思っていて

    松田:うん、そうやんね。

    Amazon.co.jp

    ペトロニウス作・国原吉之助訳『古代ローマの諷刺小説』岩波書店

    青山:一日3回、一回にせいぜい500gくらいしか食べられなくて、それもめっちゃ美味しく食べられるのって最初の三分の一くらいじゃん。そういう制約がある中で食事の美学が醸成されてきているとして…それがないとなると、それってどういうことなのかって思ってるし。

    松田:ほんまにそうやんな、どうなるんやろうな。そこでいう制約がないっていうのはさ、吐きながら食べ続けるのをさらに超えた、未来のスタイルがあるかもってことやんな?

    青山:まあ…それこそ最近、食系の企業からSF小説を書いてくださいみたいなことを言われていて。それで考えているところでもある。

    松田:なるほどなるほど。

    なるほどではない

    青山:で…他にもさ、なんかチリのプラントベースドミルク会社みたいなのがめっちゃ跳ねたって話があって。

    松田:はいはい。

    NotCo

    青山:そこはプラントベースドのミルクを作って、それの味付けをAIにさせた結果、普通のミルクよりも美味しいものができたらしい

    松田:笑

    青山:つまり「やっぱり本物の牛乳の方が美味しいよね」って価値観って、普通の牛乳の味が中心にあってそこからの距離でしか他の製品を評価しないっていう前提があるから、必然的に本物の牛乳が一番になるしかない議論でしかなくて…まあそうなるに決まっていて。

    松田:うんうん。

    青山:…なんだけど、別の客観的な評価軸を設けて評価した場合に、牛乳より美味しい牛乳のような何かが出てくることは考えられるわけで。

    松田:なるほどね。

    青山:みたいなケースとかを見るにつけ、前提となっている条件を無視した場合の食事について考えるのはおもしろいなって

    松田:なるほどね、なるほどな。

    青山:まあ吐き続けるのは食道にも負荷がかかるからよくないけれど、食べたものが中に溜まらないようにする出口を人工的に作れたら…

    嫌です

    松田:確かにさ、普通に食事をしていると味覚体験を追求するはるか手前で満腹がくるやん、あれ嫌やんな。

    同じ理由でお酒が趣味な人にも個人的には共感しづらい。酔うてるくせに美味いも不味いもなくない?

    青山:香りとかもあるけど嗅覚もすぐに麻痺するからさ。それこそコース料理とかもさ、皿と皿の感覚を空けて、ある程度リセットした上で新しい料理に出会ってくださいという形式としてまあ理解できるじゃん。

    松田:そうねそうね。

    青山:…ってことを考えると、胃の容量が無限だからといって、連続した食の体験であれば別の器官が麻痺してくるんだろうなって

    松田:てか満腹にならなかったらさ、そもそも美味しいとかない説ってない?

    青山:うんうん。

    松田:お腹のキャパのせいで、一日のほとんどは無味無臭の空気しか食われへんわけやん。だからこそ食事のときになんかピークが立ってる感じになってるだけな気もする。

    青山:うん。

    松田:だって秋刀魚のわたもさ、別にいわゆる意味では美味しくないけど、楽しめるやん。もちろんアイスクリームと秋刀魚のわたなら前者の方が美味しいのは確実やねんけど、実はアイスクリームも秋刀魚のわたと同じっていう説はある

    青山:うんうん。

    松田:まあそういうことを考えるにつけさ、食事を記号的に消費することが非常に筋が悪いのは間違いないよね。味覚体験ってなんかこう…サンクチュアリって感じあるもん。せっかく身体的な条件のもとで追求できる価値観やねんから。

    青山:うんうん。

    Amazon.co.jp

    國分功一郎『目的への抵抗』新潮社

    松田:身体的に条件付けられているがゆえの喜びというか、どこまでも相対化されないリアリティがあるやん。

    青山:中学生くらいのとき、パンケーキ食べ放題みたいなのに友達と行って20枚くらい食べて。

    松田:笑

    青山:お腹はいっぱいになってないけど、まじで食べられなくなって。そこはやっぱりそうなんだって思った

    松田:おれは大学生のときにさ、チョコパイのファミリーパック9個入りを全部一人で食べてん。どうなるんやろうみたいに思ってんけど、まあやっぱそうなったわ。

    きみら地球に来て3日目とかなん?

    青山:でも味に飽きるというか、美味しいっていう欲望に駆動されて食べているフェーズが終わった後の味覚体験、真顔で食べてるっていう状態は結構重要で

    松田:美味しいとかいう気持ちは置いてきたけど、味覚の上で差分は検知できる状態やんな。

    青山:そうそう。それはなんだろうな、味の構成において何が強調されているのかがはっきりと見えるようになるし、それと快楽との結びつきが既に遮断されているから…そういうのは体験としておもしろい。

    松田:そうね。

    青山:だから僕は結構飽きるまで食べちゃう。で、飽きてきたときに何に飽きているのかとか、何が体験として変質しているのかとか、総体として良いと思っていたのが実はそうではなかったとか、どの部分が修飾されていることで快を感じていたのかとか、そういうことが見えるようになるのがおもしろい

    フォアグラ界の『夜と霧』

    松田:最近やと何に飽きた?

    青山:セブンの杏仁豆腐だね。

    松田:笑

    セブン-イレブン

    青山:なんかね、食べるたびに牛乳みみたいなのがどんどん強くなっていって。

    松田:なるほど、ちょっと嫌かも。

    青山:そういう意味では、セブンの杏仁豆腐は変なバランスのつくりをしている気がする。本格系の杏仁豆腐ってめっちゃ脂っこい感じなんだけど、そうじゃないジェネラルな杏仁豆腐はほぼ牛乳寒天に寄っていくっていうグラデーションの中で、セブンの杏仁豆腐は食体験としてはつるっとしたものになっているが、意外と牛乳の濃さが残っていて。

    松田:なるほどね。

    青山:し、一般的にさっぱり系の杏仁豆腐は同時に杏仁の香りも薄まっていく気がするが、セブンの杏仁豆腐はそうではない。

    松田:なるほどな。

    青山:…ちょっとこれ何の話してるのか分からないな笑

    松田:てか杏仁豆腐好きなんやね。おれさ、杏仁豆腐は中華料理屋の錬金術だって根拠なく言ってるねんけどさ、そこ実際はどうなん? 実はちゃんと作ったら金かかったりするん?

    青山:いやどうなんだろうね。

    松田:そこは食べ専か。

    青山:でもやっぱり錬金術な気もする。こだわった結果コストがかかりそうなのって杏仁の部分でしかないし、他でこだわるってなるとパラメーターをどう設定するかであって、試行回数とその結果生まれたレシピに聖なるものは宿りそうだけど、原価厨的な話をすると高くはならなそう。

    松田:まあでもそうか、試行を重ねることに意味はあるんやな。それを聞くと、今後はカヌレと同等程度のリスペクトは払えそうな気がしてきた。

    2024年10月11日
    Aux Bacchanales 紀尾井町

  • 味の向こう側

    味の向こう側

    青山:食事は一日で3回しか食べられないって話さ、最近まじで思ってて。

    松田:はいはい。

    旅行先で食事をする際、訪れるべきはその土地でもっとも典型的な人々が食べているお店以外にはないという話をしていました。そのひとつの根拠は、食事は身体的条件によって誰しもせいぜい一日3食に制限されかつ一度食べると消えてなくなってしまうため、もっとも典型的な人々によって食されるものにこそ、過去から未来にわたってのその土地の必然が反映されていると言えることです。
    この点において食事は、その土地を特徴づける光景のうち、観念や資本が集約されやすいその他とは大きく異なります。

    青山:古代ローマの貴族はお腹いっぱいになったら吐いてまた食べていたみたいな話の意味分からなさを思うと同時に、身体的制約がないときに味覚ってどうなるんだろうみたいな話もあると思っていて

    松田:うん、そうやんね。

    Amazon.co.jp

    ペトロニウス作・国原吉之助訳『古代ローマの諷刺小説』岩波書店

    青山:一日3回、一回にせいぜい500gくらいしか食べられなくて、それもめっちゃ美味しく食べられるのって最初の三分の一くらいじゃん。そういう制約がある中で食事の美学が醸成されてきているとして…それがないとなると、それってどういうことなのかって思ってるし。

    松田:ほんまにそうやんな、どうなるんやろうな。そこでいう制約がないっていうのはさ、吐きながら食べ続けるのをさらに超えた、未来のスタイルがあるかもってことやんな?

    青山:まあ…それこそ最近、食系の企業からSF小説を書いてくださいみたいなことを言われていて。それで考えているところでもある。

    松田:なるほどなるほど。

    なるほどではない

    青山:で…他にもさ、なんかチリのプラントベースドミルク会社みたいなのがめっちゃ跳ねたって話があって。

    松田:はいはい。

    NotCo

    青山:そこはプラントベースドのミルクを作って、それの味付けをAIにさせた結果、普通のミルクよりも美味しいものができたらしい

    松田:笑

    青山:つまり「やっぱり本物の牛乳の方が美味しいよね」って価値観って、普通の牛乳の味が中心にあってそこからの距離でしか他の製品を評価しないっていう前提があるから、必然的に本物の牛乳が一番になるしかない議論でしかなくて…まあそうなるに決まっていて。

    松田:うんうん。

    青山:…なんだけど、別の客観的な評価軸を設けて評価した場合に、牛乳より美味しい牛乳のような何かが出てくることは考えられるわけで。

    松田:なるほどね。

    青山:みたいなケースとかを見るにつけ、前提となっている条件を無視した場合の食事について考えるのはおもしろいなって

    松田:なるほどね、なるほどな。

    青山:まあ吐き続けるのは食道にも負荷がかかるからよくないけれど、食べたものが中に溜まらないようにする出口を人工的に作れたら…

    嫌です

    松田:確かにさ、普通に食事をしていると味覚体験を追求するはるか手前で満腹がくるやん、あれ嫌やんな。

    同じ理由でお酒が趣味な人にも個人的には共感しづらい。酔うてるくせに美味いも不味いもなくない?

    青山:香りとかもあるけど嗅覚もすぐに麻痺するからさ。それこそコース料理とかもさ、皿と皿の感覚を空けて、ある程度リセットした上で新しい料理に出会ってくださいという形式としてまあ理解できるじゃん。

    松田:そうねそうね。

    青山:…ってことを考えると、胃の容量が無限だからといって、連続した食の体験であれば別の器官が麻痺してくるんだろうなって

    松田:てか満腹にならなかったらさ、そもそも美味しいとかない説ってない?

    青山:うんうん。

    松田:お腹のキャパのせいで、一日のほとんどは無味無臭の空気しか食われへんわけやん。だからこそ食事のときになんかピークが立ってる感じになってるだけな気もする。

    青山:うん。

    松田:だって秋刀魚のわたもさ、別にいわゆる意味では美味しくないけど、楽しめるやん。もちろんアイスクリームと秋刀魚のわたなら前者の方が美味しいのは確実やねんけど、実はアイスクリームも秋刀魚のわたと同じっていう説はある

    青山:うんうん。

    松田:まあそういうことを考えるにつけさ、食事を記号的に消費することが非常に筋が悪いのは間違いないよね。味覚体験ってなんかこう…サンクチュアリって感じあるもん。せっかく身体的な条件のもとで追求できる価値観やねんから。

    青山:うんうん。

    Amazon.co.jp

    國分功一郎『目的への抵抗』新潮社

    松田:身体的に条件付けられているがゆえの喜びというか、どこまでも相対化されないリアリティがあるやん。

    青山:中学生くらいのとき、パンケーキ食べ放題みたいなのに友達と行って20枚くらい食べて。

    松田:笑

    青山:お腹はいっぱいになってないけど、まじで食べられなくなって。そこはやっぱりそうなんだって思った

    松田:おれは大学生のときにさ、チョコパイのファミリーパック9個入りを全部一人で食べてん。どうなるんやろうみたいに思ってんけど、まあやっぱそうなったわ。

    きみら地球に来て3日目とかなん?

    青山:でも味に飽きるというか、美味しいっていう欲望に駆動されて食べているフェーズが終わった後の味覚体験、真顔で食べてるっていう状態は結構重要で

    松田:美味しいとかいう気持ちは置いてきたけど、味覚の上で差分は検知できる状態やんな。

    青山:そうそう。それはなんだろうな、味の構成において何が強調されているのかがはっきりと見えるようになるし、それと快楽との結びつきが既に遮断されているから…そういうのは体験としておもしろい。

    松田:そうね。

    青山:だから僕は結構飽きるまで食べちゃう。で、飽きてきたときに何に飽きているのかとか、何が体験として変質しているのかとか、総体として良いと思っていたのが実はそうではなかったとか、どの部分が修飾されていることで快を感じていたのかとか、そういうことが見えるようになるのがおもしろい

    フォアグラ界の『夜と霧』

    松田:最近やと何に飽きた?

    青山:セブンの杏仁豆腐だね。

    松田:笑

    セブン-イレブン

    青山:なんかね、食べるたびに牛乳みみたいなのがどんどん強くなっていって。

    松田:なるほど、ちょっと嫌かも。

    青山:そういう意味では、セブンの杏仁豆腐は変なバランスのつくりをしている気がする。本格系の杏仁豆腐ってめっちゃ脂っこい感じなんだけど、そうじゃないジェネラルな杏仁豆腐はほぼ牛乳寒天に寄っていくっていうグラデーションの中で、セブンの杏仁豆腐は食体験としてはつるっとしたものになっているが、意外と牛乳の濃さが残っていて。

    松田:なるほどね。

    青山:し、一般的にさっぱり系の杏仁豆腐は同時に杏仁の香りも薄まっていく気がするが、セブンの杏仁豆腐はそうではない。

    松田:なるほどな。

    青山:…ちょっとこれ何の話してるのか分からないな笑

    松田:てか杏仁豆腐好きなんやね。おれさ、杏仁豆腐は中華料理屋の錬金術だって根拠なく言ってるねんけどさ、そこ実際はどうなん? 実はちゃんと作ったら金かかったりするん?

    青山:いやどうなんだろうね。

    松田:そこは食べ専か。

    青山:でもやっぱり錬金術な気もする。こだわった結果コストがかかりそうなのって杏仁の部分でしかないし、他でこだわるってなるとパラメーターをどう設定するかであって、試行回数とその結果生まれたレシピに聖なるものは宿りそうだけど、原価厨的な話をすると高くはならなそう。

    松田:まあでもそうか、試行を重ねることに意味はあるんやな。それを聞くと、今後はカヌレと同等程度のリスペクトは払えそうな気がしてきた。

    2024年10月11日
    Aux Bacchanales 紀尾井町